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部落差別は、今 ~TUBAME-JIROのブログ~

当事者の声、マイノリティの視点、差別の現実を踏まえた情報発信をしています。

身元調査(戸籍等の不正取得)と登録型「本人通知」制度

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行政書士司法書士などによる戸籍不正取得事件

弁護士や司法書士行政書士などの8士業の人は、「職務上請求書」を使用するれば、他人の戸籍や住民票を自由に取ることが出来ます。

この間、探偵社や調査会社などが行政書士などに依頼し、他人の戸籍等の個人情報を不正取得する事件が全国で発覚しました。

 

 2011年に発覚した一連のプライム事件。

東京の司法書士行政書士、横浜・群馬の探偵社などにより、全国の市町村から3万件以上の戸籍・住民票が不正取得されていました。

不正取得された個人情報が、結婚の身元調査やストーカーやDVなどの犯罪に利用されていました。

プライム事件の逮捕者は33名。全員有罪判決。探偵、司法書士行政書士等のほかに行政や警察、docomo、NTT、SoftBankの店員など。戸籍や住民票以外に、納税情報や所得情報、携帯番号、車両情報、信用情報(借金)など、あらゆる個人情報が、売買されていました。

 

情報屋の存在

2012年9月、名古屋の「情報屋』が逮捕されました。
プライム事件で発覚した、個人情報大量不正取得事件の中心人物です。

全国の探偵者や調査会社からの依頼を受けて、戸籍や携帯、借金情報など、あらゆる個人情報の売買を仲介していました。

クライアントは1500以上。個人情報の転売で5年間で12億円を儲けていました。しかし、名古屋地裁の判決では、罰金200万円でした。

 全部で4万件の個人情報が売買されていました。なかでも、情報屋への注文は、戸籍情報が一番多かったです。

理由①自分たちでは取りにくい情報だから。

理由②調査対象者の正確な個人情報の基本は、戸籍・住基情報だから。

そこから、職業や所得、家族構成などを調べていく。

 

個人情報保護と「闇の個人情報ビジネス」

個人情報保護法の施行、戸籍法の改正(閲覧制限)などにより、個人情報が「金」になる時代。闇の個人情報不正ビジネスが闊歩しています。ベネッセの顧客情報漏洩事件も、内部協力者のスタッフが名簿屋に情報売買していました。

ハッカーなどの外部からの攻撃対策を取ることも大事です。でも、確信犯で内部協力者がいれば、なかなか、情報漏洩は、防ぎようがないのが現状。

プライム事件で逮捕された、企業や携帯ショップ店員など全員が、アルバイトや契約社員などの人たちでした。お金欲しさ、危なくなればバイトを辞め、情報を売買していました。

 

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戸籍は結婚相手の身元調査に利用

不正取得された3万件以上の戸籍・住民票の9割は、結婚相手の身元調査などに使用されていました。

その身元調査は、同和地区出身者かどうかを調べる調査だったことも裁判の証言で明らかになりました。

群馬の探偵社代表は、「同和地区出身か調べて欲しいという依頼する市民をなんとかしてくれ。自分たちは依頼されてやっているだけ」と、裁判で開き直っていました。

 現状、戸籍や住民票という個人情報の不正取得は防ぐことが出来ません。他人が市役所に行き、委任状を勝手に書いて請求したら、窓口は発行します。

その場で、本人に「委任状を書きましたか?」と電話して確認はしません。この手法で、堂々と窓口で不正取得をおこなっている探偵や犯罪も発覚しています。

 

【京都:身元調査と戸籍不正取得①】

2004年京都の結婚差別事件で、不正取得された戸籍により身元調査が行われて、女性の父親が同和地区出身であることを理由に反対されました。交際相手の親が、司法書士に依頼して、戸籍を不正取得し、身元調査をおこなっていました。

事件発覚後も、両親は部落出身ということを理由に、結婚を反対し、二人は「駆け落ち」をしました。

 

【兵庫:身元調査と戸籍不正取得②】

2005年 神戸市・宝塚市行政書士が、探偵からの依頼で戸籍等を不正取得。全国の自治体から900件近くの不正取得をおこなっていました。不正取得された戸籍や住民票は、同和地区出身者などの結婚調査や採用調査に利用されていました。

この事件では、大阪・兵庫の探偵社8社も摘発。探偵社らは、電子版の部落地名総鑑を所持していました。戸籍や住民票の住所だけでは、同和地区かどうかわからない。だから、手元の部落地名総鑑と照合し、調査対象者が同和地区出身者かどうか判断し、報告していました。

 

【三重:身元調査と戸籍不正取得③】

2007年三重県伊勢市行政書士の不正取得事件。 全国の自治体から500件以上の戸籍等不正取得していました。依頼者は横浜の探偵社(数年後、プライム事件でも再摘発)からの依頼で、1件3千円で、他人の戸籍等を不正取得していました。500件のうち、半数が結婚調査でした。

 

【名古屋の探偵:委任状偽造①】

2006年の名古屋の探偵社が、委任状を偽造して、調査対象者の戸籍や住民票を不正取得。家宅捜査に入ってビックリ!印鑑1500本を所持し、数千件の余罪が発覚。当時は、窓口で本人確認はなかったので、堂々と偽名を使って、調査対象者の戸籍を不正取得していた。

 

【大阪・兵庫の探偵:委任状偽造②】

2007年大阪・兵庫の探偵社ら3名が逮捕。有印私文書偽造・同行使の有罪。委任状を偽造して各地の市役所から戸籍等を不正取得。100件以上の不正取得をおこなっていた。

【大阪・民間人:委任状偽造③】

大阪府狭山市役所へ、警備保障会社を名乗る人物が委任状を偽造し、戸籍を不正取得しよとした。偶然、不正が発覚し、事件は未遂に終わったが、犯人は市役所から逃亡。犯人は近隣の市役所でも同様の手口で複数回、他人の戸籍等を不正取得していた。

 

【香川・探偵:委任状偽造④】

2016年香川県高松市 大阪の探偵社が委任状を偽造して不正取得。高松市役所から女性の住民票などを取得し、2名が逮捕。女性は二人と面識がなく、尾行に気づいた女性が住民票のある自治体に照会したところ、委任状が提出されていたことで発覚。

 

【登録型「本人通知」制度】

このように、あいつぐ、戸籍や住民票の不正取得を防止するために、部落解放運動の中で取り組んで作ってきた制度が、登録型本人通知制度です。

全国で600以上の市町村が導入しています。同和地区出身者だけでなく、ストーカーやDV、特殊詐欺などの犯罪や人権侵害を防止するために有効です。

自分の戸籍や住民票が、本人以外の第3者が取得した場合、市役所が本人に通知【郵送)する制度です。

本人に見に覚えのない請求であれば、一発で不正が発覚します。埼玉県では、実際に本人通知で不正が発覚し、犯人が逮捕された事例も報告されています。

 PCにセキュリティソフトを入れるのと同じです。 いざ、不正取得されたら早期に発見できます。地元の市役所の戸籍・住民票の窓口で登録できます。 導入されている市町村に住まれている方は、ぜひ登録をしましょう。

 

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鳥取ループの「保全異議申立」は棄却!~出版・ネット掲載はダメ!~

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横浜地裁は3月16日、鳥取ループ・示現舎が「仮処分決定」の取消しを求めた「保全異議申立」を棄却しました!

裁判所があらためて『全国部落調査・復刻版』の「出版禁止」と「サイト掲載禁止」の判断を下しました。

 

【今回の判決のポイント】

①現在もなお部落差別は存在する。(長年にわたり同和対策事業が実施されてきたが・・・同対審答申、同和行政、部落差別解消法)

②『全国部落調査・復刻版』は、かつて法務省が回収した
部落地名総鑑」と同種の差別図書であり、出版・ネット公開はダメ。

だから、出版・ネット公開されることにより
「様々な差別を招来し、助長するおそれが高い」ため、
仮処分決定は妥当である。

 

以下は、横浜地裁の決定文の概要になります。
基本的に示現舎・宮部の主張は認められませんでした。
彼らは「保全抗告」をすることが予想されます。

 

【示現舎の主張に対する、裁判所の判断】

①同和地区出身者という法律上の身分は存在しない。

「同和地区と言われる地区の存在については、同和対策審議会においても実態調査が実施され、具体的な統計がとられている」

「債権者(原告)が同和地区出身者であるとの主張は、同和地区と言われる一定の地区の出身であることを意味するものにすぎず、法律上その他の何らかの身分が存在することを意味するものではないから、債務者(宮部)の主張は採用できない」

 

②「復刻版」出版禁止は公権力による検閲で、憲法21条違反だ。

「公共の利益に係らない事項を記載した本件出版予定物」の出版等によって、「公的立場にない個人債権者(原告)らの人格権の侵害が問題とされる」ために、事前差し止めを認めることは検閲でなく、憲法違反でもない。

 

③「全国部落調査は様々な部落研究の書籍で引用されている」
「同和地区の地名が列挙された書籍は行政や債権者(解放同盟)の関係団体から出版されている」のに、なぜ自分たちはダメなのか。

「指摘されている書籍等は、いずれも、同和問題の歴史等にかかる調査・研究資料等であるところ、かつ、引用方の方法も、部落所在地及び部落名を含まない引用にとどめるか」「ごく一部(数件から十数件程度)の引用にとどめている」

しかし、「本件出版予定物は、部落地名総鑑と同様に、同和地区の所在地等を、最新の地名も交えて、網羅的、一覧的に記載したものである」「債務者(宮部)の指摘する書籍等とは、趣旨及び内容のいずれにおいても異なることが明らかである」

➡行政や解放同盟・関係団体の部落関連の書籍について、
同和問題に関わる行政資料であるか、特定の都道府県内の同和地区にかかる調査・研究資料、同和問題に取り組む団体の報告資料等であり」

「一部の同和地区について、当該調査・研究等に必要な限りで、同和地区の地名等を記載したものであって、本件出版予定物とは、趣旨及び内容のいずれにおいても異なる」と、示現舎の主張を否定。

 

④戸籍謄本は、部落差別に利用できるものではない。部落差別が存在しているという客観的な証拠がない。

戸籍等不正取得事件のうち一部については、

「調査対象者が同和地区出身者かどうかを調べることを目的とするものであった」ことは事実。

「現在においても、同和地区出身者らに対する差別行為を容認する意識が一定程度存在することは否定できず、債務者(宮部)の主張は採用できない」

【裁判所の結論】

 よって、
『全国部落調査・復刻版』の出版・ネット公開等は、

個人債権者(解放同盟員)らの人格権に対する侵害行為であり、本件においては、侵害行為が明らかに予想され、これによって個人債権者らが重大な損失を受けるおそれがあり、かつ、その回復を事後に図るのが不可能ないし著しく困難になると認められるから」「出版差し止めを求めることが出来る」との結論を再度下しました。

 

さらに、
『全国部落調査・復刻版』は「部落地名総鑑」と同類の差別図書!
出版禁止はもちろんのこと、ネット公開もアウト!
との認識をあらためて、示しました。

「本件ファイル等(同和地区wiki)と部落地名総鑑は…その趣旨及び内容において同種のものであることが認められる。」

【「現在においても、なお、同和地区出身者らに対する差別行為を容認する意識が一定程度存在するといわざるを得ず、本件ファイル等は、法務省が10年余りをかけて回収と焼却処分に当たった部落地名総鑑と同種のものであることに照らせば、

本件ファイル等がインターネット上で引き続き公開された場合には、部落地名総鑑と同様の利用がされることにより、同和地区出身者の就職の機会均等に影響を及ぼし、さらには様々な差別を招来し、助長するおそれが高く、かつ、一旦差別を招来した場合には、その性質上、これを事後的に回復することは著しく困難であると認められる」

 

おわりに

上記は『全国部落調査・復刻版』出版禁止・ネット公開禁止の仮処分決定についての「保全異議申立」事案になります。鳥取ループ・示現舎は、この決定を不服として「保全抗告」をすることが予想されます。

 

名誉棄損の本訴は、続いています。
次回は、第5回口頭弁論、引き続きよろしくお願いします。

日時:6月26日(月)14:00~、
場所:東京地裁103号法廷(傍聴券抽選13:30頃)

奈良・水平社博物館前での差別街宣~部落差別は、いま⑨~

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◆水平社博物館前での差別街宣の動画

 ネット上の差別情報を内面化し、自分たちの「正義」を叫び、路上でマイノリティに対するヘイトスピーチを行い、その動画をYouTubeにアップする。

ヘイトスピーチは、在日朝鮮人に対してだけでなく、被差別部落に対しても行われている。

2011年1月、奈良県御所市の水平社博物館前で「在日特権を許さない市民の会」(在特会)元副会長Kらが、同館で開催中の企画展「コリアと日本『韓国併合から100年』について抗議するヘイト街宣を行った。

 その際、白昼堂々と路上でマイクを使い、
「エッタ博物館、ニヒン博物館」「文句があったら出ていよ。エッタども。」「穢れた、穢れた、賤しい連中」などと、1時間にわたり、部落差別発言を繰り返し、その動画をユーチューブで公開した。

その差別街宣の動画はアクセスが集中し、すぐに「水平社」や「部落」などでの検索上位となった。

以下が、その一部である。

(閲覧注意:読み飛ばしてもらってもいいです)

 

【差別街宣の内容(一部抜粋)】

賤しいにも程があるぞ、お前たち!
いい加減出てきたらどうだ、エッタども!
エッタ、ヒニン、非人とは、人間じゃないと書くんです。

お前ら人間なのか!本当に、お前ら人間なのか!
ホントに人間だというなら、「穢多であることを誇りうる時がきた」とかそんな偉そうなことを言うなら、出てこいよ!
出てきません。これがエッタどもの正体です。

撮影者:「エッタってなんですか?」
エッタとは、「穢れ」が「多い」と書きます。

穢れた、穢れた、ホンマに金品卑しい連中。文句あったら、いつでもこい!

糾弾集会、お前たちが過去にやってきたらしい糾弾集会、望むところですよ。いつでも来てくださいよ、糾弾集会。

差別をなくすために、がんばっている私
あなた方のような差別主義者、

差別をなくすのを妨害するような連中とは、
一切、逃げることなく闘います。
そろそろつかれたので、これぐらいに・・・

 

◆水平社博物館が提訴!

その後、水平社博物館がKに対して名誉棄損で1000万円の損害賠償請求を起こし、2012年6月に奈良地裁は150万円の損害賠償請求を認める判決を下した。

判決では「『穢多』および『非人』などの文言が・・・不当な差別用語であることは公知の事実であり・・・被告の上記言動が原告に対する名誉毀損に当たると認めるのが相当である」とされた。

 

◆裁判には勝ったが・・・
(1)差別は法的には野放し
差別街宣行為は刑事罰に問われず、規制されない。
②今回の事件では、水平社博物館が差別街宣の対象となり、提訴が可能となった。しかし、不特定多数の人々に向かって差別発言をした場合には、名誉毀損もしくは侮辱罪の適用は困難。

つまり部落差別のような社会的差別に関わる行為は、それだけでは違法行為にはならない。

(2)人権擁護行政は機能していない
①法務局は水平社博物館に2回の聞き取りを行い、その後裁判となったことから対応を中断した。

②最終的に法務局の措置は「勧告」。強制力はなく、本人が受け取りを拒否することすら可能。また「処理」の内容を被害者に必ずしも報告する義務はないとしている。

 

◆学校現場への影響

この動画は判決が確定する1年以上、削除されず出されることがなかった。水平社博物館がGoogle社に対して、判決内容を示して削除要請を行った結果、ようやく削除された。

その間、学校現場などで二次被害が起きていた。ネット検索で「水平社」「水平社博物館」で検索するとこの動画がYouTubeの検索トップに来る状態が続いた。

西日本などの人権教育に熱心な学校では、修学旅行で奈良や京都に行くときに、水平社博物館の見学コースにしている学校がある。

事前に、子どもたちは水平社や水平社博物館について学習する。また、学校の社会科の授業で、小・中学生が「水平社」を学習する。その際、調べ学習で「全国水平社」「水平社博物館」などをネット検索すると、これらの動画が検索上位にあり、この差別動画を見て生徒や保護者がショックを受けているという、二次被害も学校現場から報告されている。

私自身も、先生や部落の保護者から「あの動画、なんとか削除できないか。うちの子どもたちが、調べ学習であの動画を見て、ショックを受けて・・・」「特に部落の子どもたちが、すごくきつい思いをしていて」と、何人もの先生たちから相談を受けた。

 

◆閲覧による二次被害

ヘイトスピーチも同様だが、差別的情報は、文字情報だけではない。より攻撃性、ダーメジが大きいものが動画であり、現実の路上での差別言動である。

それらが何万回と再生され続け、拡散される状況が、いかにマイノリティへの肯定的アイデンディディを破壊し、差別し続けることのなかを認識しておく必要がある。

たった、一つの差別動画・差別投稿でも、それが何万、何十万回と再生・拡散され続ければ、それは「マイノリティを傷つけ、あるいは発言を萎縮させるのに」十分なのだ。

今年は、全国水平社が創立して95年になる節目の年だ。
100年近く「よき日の為に」、先輩たちが勝ち取ってきた現在の人権水準を後退させてはいけない。破壊させてはいかない。

 

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「部落差別解消法」が成立!その意義と課題  ~奥田均さん(近畿大学)の講演より~

先日、大阪で「部落差別解消法」公開研究会があり、参加した。
近畿大学の奥田均さんから「部落差別解消法」の意義と課題についての講演があった。
以下は、講演概要の一部。

 

1、「部落差別解消法」制定の背景

(1)人権政策の確立「法」制定を求める部落解放運動・国民運動の蓄積と底地力。

そこに歌山県の解放運動の取り組みが後押しした。
運動で勝ち取った法律。

 

(2)部落差別の増大と悪質化

・ネット上での差別横行、挑戦的な「全国部落調査」復刻版出版事件。

以前、差別はコソコソやっていが、今は堂々とやっていた。
「全国部落調査」復刻版出版事件を通して、「これは、あんまりだ」という雰囲気を作り上げた。

 

(3)国際人権運動と連動した差別解消法の社会動向

人種差別撤廃委員会、自由権規約委員会からの再三の勧告。
2006年障害者権利条約、障害者基本法が改正、
2016年障害者差別解消法が施行。
日本ではじめて「差別」という文言が入った法律。
障害者問題が「差別」の突破口を開いた。

その後、ヘイトスピーチ解消法の制定(2016年5月)。
障害者、外国人の権利を求める運動が、部落問題へと結実していった。

 

(4)部落問題解決に執念を発揮する政治家の存在

自民党の二階幹事長は、和歌山県の御坊出身。
保守の人たちをも取り込んできた、和歌山の解放運動の成果。

 

2、「部落差別解消法」の意義

(1)部落問題に関する法的空白が解消された。

特措法失効後は、法的根拠がないかのごとく、同和行政の後退の口実にされてきた。しかし、こうした状況を打ち破った。

 

(2)部落差別の存在を認知した。

①部落は「ある」と公式に認知した。

・差別の現実を訴えるという行為は、カミングアウトを意味する。
・差別の「沈黙効果」、当事者は声を上げられない。
・当事者が差別を訴えれないところに差別の厳しさがある。
・特措法失効後は、行政は差別の実態把握すらしようとしなかった。
・部落差別の現実に対する無視や軽視、認識不足が広がってきた。

 

②この法律により部落差別の存在認知について決着がついた。

「ある」「ない」は、法律を遵守するかどうかの問題になった。

 ※第1条「現在もなお部落差別が存在する」

 

3,部落問題の解決を初めて法律で明記した。

同和対策審議会答申では、同和問題の解決を目的としたが、具体的な法律として、部落問題の解決を明確にうたった法律は今までなかった。

同和対策事業特別措置法(1969年~)の目的は、「対象地域における経済力の培養、住民の生活及び福祉の向上等に寄与することを目的とする」こと。同和対策事業が目的であり、部落差別の解消ではなかった。

※第1条「部落差別のない社会を実現することを目的とする」

 

4,「部落差別解消のための施策の実施」を国および地方公共団体の責務とした。

特別措置法は「同和対策事業」を執行するための行政責任が定めれていた。しかし、この法律は「部落差別の解消に関する施策」を求めている。

特措法は同和対策事業を実施することが行政の目的だった。
今回は、「部落差別解消に関する施策を実施」することが目的に。

※第3条「部落差別の解消に関する施策を講ずる」

 

5,相談体制の充実を打ち出した。

①現在の人権擁護委員制度の限界を認めた。
人権侵害救済制度の確立の一歩になる。

※第4条「部落差別に関する相談に的確に応ずるための体制の充実を図る」

 

6,部落問題に関する教育・啓発の実施を明記した。

①特法後、部落問題学習だけが、薄まっていった。

部落問題抜きの人権教育がすすんできた。2015年に実施した近畿大学学生(一年生)の人権意識調査結果では、部落問題学習についての学習経験「覚えてない・受けていない」が42.7%(前回09年は23.2%)であった。

※「覚えていない・受けていない」 6年前の23%⇒今回42%

一番減っているのは大阪。次に、中国地方が落ちており、関東・東北と同じぐらいの状況になっている。

②同和地区の有無にかかわらず教育・啓発を求めている。
③今後は、部落差別を解消するための教育・啓発=部落問題をしっかりと教えていくという法律になった。

※第5条「国は、部落差別を解消するため、必要な教育及び啓発を行う」

 

7,実態調査の実施を明記した。

実態調査は、

①「部落差別解消のための施策実施」の内容を浮かび上がらせる。
②「教育・啓発の実施」の内容を浮かび上がらせる。
③「差別規制・救済法的部分」の法制定の必要性を浮かび上がらせる。

 

この法律は、理念法に過ぎない。
しかし、「発展とは、矛盾の発展」である。
実態調査・相談活動を実施するなかで、この法律も発展していく。
理念法は、理念法であるがゆえに、自らを否定し、発展せざるえない。
時限爆弾が仕組まれている。それに火をつけるのが運動。
とにかく、この法律が出来たことを、多くの人にしってらうことが大事。
時代が変わったのだということを、もっと、知ってもらうことが大事。
この法律の具体化を広げないことには、課題も成果も何もあない。

例えば、人権擁護士などの専門家を配置する。
これまでは部落対策だった。同和教育も、同和校だけではダメ。
この法律は時限法でなく恒久法。
現実可能なところから、一つひとをやっていこう。

※第6条「部落差別の実態に係る調査を行うものとする」

 

結婚差別の現実 ~部落差別は、いま⑧~

内田龍史さんの講演録「データーで見る部落問題」を読んだ。
結婚差別の具体的な事例2件を読み、胸が締めつけられた。
一人は、私も知っている青年だった。

涙を流し、その事を語ってくれた、彼の顔を思い出した。

彼は結婚差別を受け、ボロボロになり、自死を考えていた。でも、その時に、解放運動に取り組む仲間が支えてくれた。

同和教育に取り組む先生たちや、多くの人との出会いの中で、部落と出会い直すなかで、今は、解放運動をがんばっている。

結婚差別を受けたとき。当事者自身が、部落問題について偏見情報を内面化していた場合、最悪のケースが起きる。そして、誰にも相談出来ない。Bさんも、親には結婚差別を受けているとは言えずに、一人で抱え込んでいた。

部落差別解消法では「相談体制の充実」(第4条)が求められている。

でも、それは、知らない誰かの「相談窓口」に行くのではなく、「あの人なら、部落差別の相談をしても聞いてくれる」という具体的な「顔」が思い浮かぶ相手だから、相談にいく。

その前提として、日々の部落問題解決に向けた実践の中での「つながり」のある日常活動こそが、大切になってくると思う。

差別を受けた被害者が、その時、どこに相談に行くのか。

「相談窓口」にすら来ることが出来きない人を、どうキャッチするのか。考えさせられる。

 

以下は、内田さんの講演録から、結婚差別についての部分の概要。


【事例1】Aさん・30代女性

20歳の時に、2年間付き合った彼と結婚することになった。しかし、相手の母親がAさんの身元調査を行った結果、部落に住んでいることが分かった。

彼は、母親から「まわりの目もあるし、親戚が何と言うのか分からないから結婚はやめてほしい」と反対されていた。彼から、そのことを電話で聞いた瞬間、Aさんは頭が真っ白になり、涙が止まらなくなり、電話を切った。

今後、別の人と付き合っても、また同じことになると考えると、
「ああ、もう生きててもしゃあないわ」と思い、気づいたら手首を切っていた。

一緒に住んでいた親がAさんの異変に気づき、すぐに病院に連れて行ってくれたために、大事には至らかなかった。

【事例2】Bさん・40代男性

 

24歳の時に、1年間付き合った彼女と結婚しようという話になった。しかし、Bさんが住んでいる地域が部落だと分かり、彼女の両親から反対された。説得しようにも、彼女の父親はBさんに絶対に会ってくれなかった。

彼女は親を説得しようとしたが、「親子の縁を切るという条件でよければ勝手にしろ」と言われる。最終的に彼女は、親との縁を切りたくない、結婚するなら祝福してもらいたいので「別れて欲しい」と言われた。

Bさんは目の前が真っ白になり、しばらくは、木を見て「首を吊ったら終わりだよね」とか、「海に車ごと飛び込んだら、楽なのかなぁ」と、そんなことばかりを考えていた。

 

通婚の増加

この100年間で、部落と部落外との結婚は増えている。その背景には、結婚が「見合」から「恋愛」に変わったから。同時に、家意識の意味が低下し、それにつれて差別意識も減少してきから。

1930年代の結婚は「見合結婚」が83.7%、「恋愛結婚」16.3%。その後、高度経済成長期に、見合結婚と恋愛結婚の割合が入れ替わる。

1993年の総務庁の調査では、当時の80歳以上の人たちでは、部落出身者同士の結婚が85%ぐらい。年齢が若くなるほど減っていく。

 

結婚差体験の増加

部落と部落外との結婚が増加するにつれて、結婚差別体験も増加していることが各地の調査結果からも明らかになっている。結婚差別の事例として非常に多いケースは、親が反対するというパターン。

各地の意識調査や実態調査の結果を見ても、部落出身者の3割が結婚差別を受けている。

しかし、マジョリティの人には、見えにくい。

マジョリティの人が部落の人と結婚する確率は1%程度。そこで反対にあった人がいても、そのことを公にする人はほとんどいない。だから、実感として理解しずらい。

逆に、当事者の3割は結婚差別を経験している。しかし、マジョリティの人は1%以下。このギャップが「部落差別は、もうない」と平然と言われる、認識のズレ。マイノリティ問題のむつかしさ。

「差別は見ようとしなければ、見えない」

 

結婚差別の論理

結婚差別の原因としては、家意識、偏見やレイシズム、幸せな結婚のイメージ、利害関係の考慮が挙げられる。マジョリティは「普通に幸せだなあ」と思うようなこと以外は、だいたいリスクとしてみなして遠ざけようとする。

ほとんど部落問題を知らない、宮城や東京の大学生にアンケートをとっても、「部落の人との結婚に際して親から今後リスクだと言われて、反対されたらどうするか」との質問に、約70%しか「結婚する」とは、答えなかった。

これが100%にならない社会は、部落差別をを温存してしまう社会だと言える。

 

忌避的態度

結婚差別は、親が介入してくるケースが非常に多い。
しかし、近年の傾向では、家族の反対があれば、結婚しない割合が高くなっている。

(例)東京の調査結果

Q「(自分の結婚で家族が反対した場合)絶対結婚しない」

 1999年3,9% →  2014年は10%以上

 

強固に結婚を反対する人たち、あるいは家族や親戚の反対で結婚しない人が増えてくればくるほど、部落出身者にとっては、リスクが高くなる。

結婚差別に関しては、解消傾向にはなっていないということは確かだ。

 

※参照

「部落解放・人権入門2017」(雑誌『部落解放』増刊号、736号)より

 

マンション開発でも同和地区調査(土地差別調査)!~部落差別は、いま⑦~

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大阪府民からの通報で発覚 

 

2007年1月、大阪府府民から「土地調査会社(リサーチ会社)」が部落差別につながるおそれのある調査や報告をおこなっている。行政から是正して欲しい」との通報があった。その後、調査が行われ事件の解明が行われた。

マンション開発業者(デベロッパー)は、マンションを販売するために、必ず広告代理店とつながっている。広告代理店はサービスの一環として、マンション建設候補地のエリア情報を専門の土地調査会社(リサーチ会社)に依頼し、報告書を作成してもらう。

その報告書をデベロッパーに提供し、マンション建設を検討してもらう。採用されたら、その代わりに当該マンションの広告を担当させてもらえるという仕組み。

 

差別調査の報告書

問題となったのは、調査報告書に記載されていた地域情報の内容だった。そこには、同和地区であることや在日外国人の集住地域であるなどを示す差別的情報も書かれていた。

「地域下位地域」「指定地域」「同和問題にかかわってくる地域」「不人気地域」「地元で有名な問題あるエリアとして敬遠されている」など、露骨な表現が並んでいた。また地図上に印しを記されているものもあった。

デベロッパーは、この報告書をもとに建設候補地を判断にしていた。今回の事件ではデベロッパー13社、広告代理店14社、土地調査会社5社が同様の土地差別調査を行っていたことが発覚した。 

部落解放同盟との確認会・糾弾会では、同種の調査が数十年前から行われており、京阪神を中心に数百カ所の地域で土地差別調査が行われていたことが明らかなとなった。

 

隠語を使用

今回の事件では、土地調査会社⇒広告代理店⇒デベロッパと、報告書が多くの人に見られるため「地域下位地域」等の隠語が使われていた。

当初は「同和地区」とストレートに記載されていたが、社内でも表記についての指摘があり、隠語が使われていたことも明らかにとなった。つまり、「悪いこと」とわかった上での確信犯。

 

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業界に蔓延していた土地差別調査

今回の事件は、利益追求のために購入予定者の差別的要望に業界が無批判に同調し、土地差別調査を行い、報告書作成という構造となっていた。

土地調査会社、広告代理店、デベロッパー、そして同和地区を忌避する市民という構造のなかで、引き起こされた差別事件だ。

業界団体における土地差別調査(部落差別調査)の現実と、その背景にある市民の根強い忌避意識が明らかとなった。また、同和地区だけでなく校区差別、外国籍住民、障害者への差別も浮き彫りとなった。

 

全国初、条例で「土地差別調査」を規制   

業界団体自らも部落差別を拡大再生産してきた責任をふまえて「大阪不動産マーケティング協議会」を設立。条例で規制されたよりも厳しく自らの業務をチェックする体制づくりなどに取り組んでいる。

こうした事態を受け、2011年10月に大阪府では大阪府部落差別等規制条例」(興信所・探偵社を対象として部落差別につながる調査を規制してきた条例)を改正した。全国で初めて土地に関する調査を行うすべての事業者を対象として「土地差別調査」を規制する条例が施行された。

 

 

「部落民以外はすべて差別者?」「解放同盟が差別だと言えば、差別?」~部落問題の基礎知識④~

 

1、「部落民以外はすべて差別者」ほんとに?

部落民以外はすべて差別者」→「解放同盟が差別と言えば何でも差別」→「糾弾(暴力・リンチ)」→「同和利権」=「だから、部落差別がある」】

 本気でそう叫んでいる人たちがいる。もう無茶苦茶やん(笑)。

「部落差別解消推進法」についての国会審議で共産党が反対していた。そこでは「解放同盟は『部落民以外はすべて差別者』『部落排外主義』で反対勢力を組織から排除し『窓口一本化』で行政から『利権を独占』するため暴行・監禁など無法な「糾弾」闘争で、県市町村など自治体を好き勝手動かした。」と言う。

今回の「解消法」が成立したら、また同じようなことが起こると必死で叫んでいた。彼らの主張で言えば、ボクも解放同盟員なので、何かあれば「差別だ!」と「暴力・監禁」の糾弾をして、「利権」を独占し、県や市町村の自治体を、好き勝手に動かしている一人になる。

彼らの主張を鵜呑みにして、ネット上では若い人たちが、真顔で「『解同』=糾弾=暴力リンチ」「なんでも差別だ~!糾弾だ!」と言っている悪い奴らだと、必死で叫んでいる人たちがいた。当事者の声を聴いたり、書籍などでは一切、学習せずに、ネット上の一方的な情報や共産党の主張だけを鵜呑みにして、まるで「党の広報部長」かのように、その主張を正義感を持って語っている若い人たちがいた。

「ウソも100回言えば、本当になる」とのヒットラー式の大量デマ宣伝(差別キャンペーン)、ネーム・コーリングを見事に体現しているなぁと思った。ネット社会の怖さ、情報発信の必要性を改めて感じた。

 そこでは、下記のようなことが、主に語られている。

①「糾弾=暴力・つるしあげ(報復主義)」

②「解同=利権屋集団」

③「部落民以外はすべて差別者・・・」(共産党の言い方)

④「部落・部落民にとって不利益な問題は一切差別である」

⇒「解放同盟が差別だと言えば、なんでも差別。そして糾弾」

 

2,「部落・部落民にとって不利益な問題は一切差別」とは

 ほんとに、当時の解放同盟は、そんな主張していたの?40年以上前の理論であり、ボクはまだ生まれていない。当時の議論を確認するため、『部落解放理論の根本問題-日本共産党の政策・理論批判』(大賀正行、解放出版社、1977年)を読んでみた。

すると、いかに共産党が自分たちの都合のいいように解釈し、40年以上も差別デマを流し続けてきたのか、あらためて実感した。

簡単に言うと、50年前、差別を単なる個人の差別意識・観念の問題(「心理的差別」)だけでなく、「実態的差別」の現実にも現れているということを、部落大衆に分かり易く言った理論。

50年前の当時、差別を個人の行為レベルとして捉らえていたものを、「差別と貧困の悪循環によって、部落の人たちの生活権、教育権等が侵害されている」と社会科学的に認識を転換し、解放運動を展開するようになったということ。

部落の人たちが差別と貧困の悪循環によって、劣悪な住環境や長欠・不就学、低学歴と不安定就労などに置かれている実態は、単なる個人の問題でなく、部落差別の結果なのだと。

そのように「差別のとらえ方」を発展させた解放理論だった。そうして、それらの劣悪な環境改善等の「生活要求闘争」に取り組む事で、差別によって奪われた権利を、自ら取り戻す自覚的な解放運動、大衆団体として展開しっていった。

この解放理論が、1965年「同和対策審議会」答申に、「心理的差別」と「実態的差別」という内容に反映され、これら差別の実態放置に対する行政責任が明記されていった。

これが50年前の「部落にとって、部落民にとって、不利益な問題は一切差別である」という朝田理論の命題の一つ。

この命題を、「解放同盟幹部の胸先三寸で、差別だと決まる」、というようなデマを大々的に流しつつづけたのが共産党であり、部落民や部落解放運動に対する差別と偏見を扇動し続けた罪は大きい。

 

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以下、上記の本より一部抜粋。

『部落解放理論の根本問題-日本共産党の政策・理論批判』
(大賀正行、解放出版社、1977年) 

【「部落にとって、部落民にとって不利益な問題は一切差別である」と規定した第12回全国大会(1957年)の命題について 

日共宮本一派は、これをなんでも気にいらないものをすべて差別だとする、えかってな理論だと中傷する。わが同盟の主張は、部落にとって、部落民にとって不利益な問題が、けっして偶然に起こっているのではなく、部落の具体的な歴史的、社会的関係から生まれた部落差別とかならず結びついていることを明らかにしたものである。

部落民に対する直接的な差別だけが差別ではない。部落民が生活のあらゆる面、就職、結婚、教育、居住等々でうけているすべての不利益が部落差別である。】(P25)

【この命題は、1951年のオールロマンス事件を契機として行政闘争を通じ、この行政闘争が第12回大会の命題として定式化されたものである。したがって、第12回大会の命題は、差別は、個々の差別事象だけでなく、部落大衆の日常生活の中に、日常生起する問題で不利益な問題の中にあることを教えた。

すなわち、部落大衆の仕事がない、生活が貧困である、教育水準が低い、文化水準が低い、生活環境が悪い等の部落民にとって不利益な様々の問題が、実は差別の結果であり、あらわれであり、しかも差別の原因になっていることを明らかにした。

したがって、この命題は、部落民にとって不利益な問題は差別の本質からきている。差別として捉えるということである。

同時に大衆の要求(家が欲しい、職が欲しい等々)を功利主義的に捉えるのではなく、大衆の要求=不利益な問題は、差別の具体的あらわれであり、これを明確に理論づけ、差別があるからこそ要求が出てくるんだということを大衆に自覚させ、しかも万人に納得いくように説明せよということを要求しているのである(p63)】

 

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住宅販売会社が同和地区調査を!~部落差別は、いま⑥~

 

 

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1,土地差別とは?

「部落差別は、利害が絡んだときに顕在化する」と言われる。
そのうちの一つが不動産売買における部落差別。いわゆる土地差別と言われている。

住宅購入に際して、同和地区を避ける市民が多くいる。各地の意識調査を見ても、約半数近くの市民が同和地区の物件を「避ける」と回答。

不動産業者への実態調査でも、約2~3割の不動産の担当者がお客さんから「同和地区の物件かどうか」の問合せを受けたことが「ある」と回答している。

同和地区に住めば、自分たちまで「同和地区の人間とみなされる」=「差別される立場になる」との意識、「同和地区はガラが悪い。子どもの教育環境が悪い」などの市民が持つ同和地区へのマイナスイメージや偏見の中で忌避されている。

 

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2,中古住宅販売会社による同和地区調査事件

中古住宅販売会社のK社は、全国46都道府県に107店舗を持つ、業界トップの中古住宅販売会社。競売にかかった中古物件など入札し、リフォームし販売。1000万円でマイホームが購入出来るとして、この10年で大きく成長した会社。

競売物件の入札に際しては、現地調査をおこない、中古物件の築年数やリフォームにかかる費用、立地や環境など、詳細な事前調査をおこない、入札価格を決定する。

営業担当者と支店長、エリア課長が決済した後に、本部の営業部長が最終入札価格を決定する。その際に、価格決定の重要な社内資料が「競売仕入チェック表」(「仕入表」)だ。

K社では、全国13府県(12支店)で、物件が同和地区かどうか調査し、同和地区の物件であった場合には「仕入表」に、「同和地区」「特殊部落」「同和ド真ん中」「不人気エリア」などと差別記載をおこない、上司や本部に入札を中止したり、仕入れ値を安くするように注意喚起していたことが発覚した。

同和地区の物件の場合は、競売物件を入札してリフォームして販売しても、一般地区よりも安くしなければ売れにくいからだ。

市民が同和地区を忌避する実態があり、その結果、販売価格が低下する。住宅販売会社は「損をしたくない」との思いから、市民の差別意識・忌避意識に同調し、同和地区調査を行っていた。

 

3,事件の発覚

2012年11月、中古住宅販売会社のK社和歌山店の社員が、ある物件について和歌山県庁(出先機関)に照会をおこなった。

その際、FAX送信した「仕入表」の特記事項覧に、その物件が「同和地区であり、需要はきわめて低くなると思われます」との記載があり事件が発覚した。

K社和歌山店は、同様に3件の物件に対しても同和地区の物件であることを明記する記述があった。

その後のK社(本社)は国交省の指導を受けて、同様の同和地区調査がないのか全国46都府県107店舗を社内調査した。その結果、全店舗の「仕入表」14,070枚(過去5年分)のうち、全国13府県(12支店)で26件の差別記載の存在が明らかとなった。

同社の仕入表には同和地区の物件については、仕入票に「同和地区」「特殊部落」「同和ド真ん中」「不人気エリア」など同和地区の物件であることが差別的に記載されていた。

記載した担当者は「同和地区の物件は売れにくい」ので、上司へ「入札を断念して欲しい」「仕入れ価格を抑えて欲しい」と「注意喚起」のために記載した証言している。上司は差別記載を同和地区と認識した上で「受け取り」「指摘せず」「値決め」し続けていていた。

その物件が同和地区か否かをどう判断したのかについては、近隣住民や地元の従業員、インターネット(隣保館等の施設)等で入手した情報で判断していたことが明らかになった。

K社は全国46都道府県に107店舗を持ち、業界トップの中古住宅販売会社。しかし、創業以来35年間、1度も人権研修をおこなっていなかった。そのため、差別調査や差別記載に対して社内の誰も指摘する人がいなかった。

今回の事件では、不動産売買で同和地区情報を営業活動に利用してきた宅建業者の差別体質が明らかとなった事件。

 

5,事件の差別性と問題点、背景と要因

①同和地区を差別的に評価し、差別的表現で記載している

・市民の同和地区への差別的価値観に、会社(担当者)も同調し、部落を差別的に評価。

・「特殊地区」「特殊地域」とは、「特殊な地域」という予断と偏見にまみれた部落への

差別表現である。かつての「特殊部落」「特種部落」の現代版ともいえる表現。

・「旧同和地区」「D地区のド真ん中 地域性注意」「不人気エリア」などと差別的に表記された当該住民(校区)からすれば、自分の大切な「ふるさと」を差別されたことに。

 

②近隣住民や同僚、インターネットなどで入手した同和地区情報をもとに土地差別調査

・物件調査に際して近隣住民や同僚、過去の販売経験、インターネットで「隣保館」等を検索し、同和地区情報を入手。

・その情報をもとに同和地区かを判断、値決めの判断材料に利用してきた。近隣の人から「教えられた」としても、仕入表へ差別記載したのは担当者の強い意志で行っている。

・同和地区でない物件も「同和地区」と誤認し、差別記載している。担当者の予断と偏見によって「隣保館」「刑務所」などが付近にあれば、同和地区と「見なして」差別をしていた。

 

③人権を無視した営利優先の企業活動を行ってきた会社の体質

・同和地区の物件は「売れにくい」ために、「長期在庫」になると自身の給与(評価)にも影響する。そのため、担当者は上司に「同和地区」であることを伝え、仕入価格・販売価格を「抑えてもらうように」に差別記載してきた。

・同和地区を忌避する市民の差別意識を前にして、無批判に営業活動を行えば、当然、自らも差別的行動をとることになる。その行動が社内で「あたりまえ」となっていた会社の差別体質が問われている。

 

④企業活動で明確な差別行為に自浄作用が働かなかった

・上司も差別記載を認識した上で、指摘することなく、「値決め」をし続けてきた。差別記載を指摘するといった人権感覚は、店長・課長・部長にも全くなかった。

・「創業以降35年間、一度も人権研修はおこなっていない」というように、人権問題への取り組みが欠落していたからこそ、誰も差別記載を指摘できなかった。

 

宅地建物取引業において土地差別調査が常態化している

・「会社は指示していない」と土地差別調査を個人の責任に矮小化している。現場では土地差別調査が常態化し、会社として指示する必要性がなかっただけ。「会社として指示する必要性」があったのは、従業員に対する人権研修であった。

宅地建物取引業に携わるものとして、同和問題について正しく理解していなければ、無自覚のうちに部落差別に加担していく。

 

⑥市民の同和地区(校区)への忌避意識と、「避けられる」実態的差別の現実が背景に

・今回の土地差別調査事件の背景には、市民の同和地区への根強い忌避意識と「避けられる」同和地区の実態がある。

・「調べる業者が悪いのか、調べて欲しい市民意識が悪いのか」、どちらも問題である。

・さらに、交通の利便性(道路が狭い、急傾斜地等)や教育環境、生活・福祉・就労などにおける社会的矛盾が集中的に表れている厳しい同和地区の実態がある。

宅地建物取引業に関する差別システムの改善策については、早急なる対応が求められているが、同和地区を忌避する市民の差別意識の払拭が、何より優先される課題である。部落問題に関する学校教育、市民啓発の充実が求められている。

・同時に、市民が忌避する「事実」として、高齢化、過疎化、生活保護や一人親世帯、就労面など、社会矛盾が集中的にあらわれている同和地区の実態的差別の現実に対して、

今後、宅建業界や企業、行政、NPOなどによる具体的取り組みが必要となってくる。

 

【参考:宅建業者への実態調査結果】

(物件が同和地区かの問い合わせ「あり」)

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⑦国及び自治体・業界団体による宅建業者への指導、人権問題に対する取り組みの欠落

・今回の事件は、中古住宅販売業界トップであり、全国展開している会社が起こした差別事件であり、宅建業者の差別体質と差別構造が浮き彫りとなった。

宅建業界において、このような土地差別調査が放置されてきたという業界の差別体質と、その差別体質にメスを入れてこなかった国及び自治体の取り組みの欠落が背景にある。

・今後、国及び業界団体による全国的なアンケート調査(実態把握)の実施、土地差別調査の根絶を目的とした「宅建業法」の抜本的改革、宅建業団体における人権ガイドラインの策定と同和問題解決に向けた主体的な取り組みが求められている。

 【土地差別調査が放置されていたという業界の差別体質】

・国の通達「宅建業法第47条」「同和地区を教えなくても抵触しない」を多くが知らない。

都道府県宅建協会で人権研修を実施しているのはごく一部。あっても参加していない

都道府県の法定講習(5年に1度の免許更新)で人権研修をやっているのも一部の府県。

都道府県や各市町村などで宅建業者を対象にした人権研修は、ほとんど行われていない。

 

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葬式の「弔電」「生花」の度に・・・~部落差別は、いま⑤~

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先日、解放運動の活動家の先輩がなくなった。その地域で、たった数世帯でも解放同盟員として、部落解放のために、最後までがんばってきた先輩だった。

ボクの住んでいるところは、解放運動が弱い地域だ。だから、葬儀の度に弔電と花束の名前に、解放同盟や人権関係団体の名前を入れるかどうか悩む。

親はバリバリの活動家でも残された遺族が喪主となり、葬儀がおこなわれる。子どもや家族、その友人や職場の上司なども参列している。それらの親族が、職場の上司や連れ合い、子どもなどに部落出身であることを言ってないケースもあるからだ。

悔しいかったけど、ある時は、解放同盟の支部長などが全員個人名で弔電を出したこともあった。

ボクの祖父が死んだとき、解放運動団体から花束と弔電がきた。

参列者の多くは祖父のきょうだいや、親戚たち。つまり部落の人たちだ。

でも、みんな部落を出て、隠して生きていた。そこに「部落解放・・・」と書かれた生花と弔電がたくさん届いた。

葬儀の時、弔電が紹介される。「部落・・・」という言葉が出るたびに、参列している叔父叔母やその家族たちが、みんな少し緊張しているのが、ボクにも伝わってきた。ボクもドキドキしていた。

でも、実は、みんな心では、その弔電を喜んでいた。多くの仲間たちからの弔電と生花。

火葬場から祖父の遺骨を持ち帰り、みんなで食事をした。

その時、親戚のおじさん、おばさんたちが初めて部落の話をボクにしてくれた。

語らなかったんじゃない。何十年も、部落の事を語れずに、差別社会の中で、「自分さえしっかりしていれば」と必死で生きていた。隠しながらも、胸を張り生きていた。

ボクのおじいちゃんも、差別のなか、いろんな苦労の中、生きてきたことを教えてもらった。部落差別のことは、一切語らなかった祖父。

こんな、ボクのおじいちゃんや、叔父叔母たちの声は、きっと「実態調査」には集約されていない。

「差別なんかもうない」と言われ、「同和利権」のために、糾弾(暴力・リンチ)=「同和は怖い」という、世間の差別のまなざしに苦しめられている人がいる。ふるさとを捨て、都会へ行き、世間に同化して生きている人たちがたくさんいる。

部落差別って、露骨な差別事件だけが、差別じゃない。

普段のささいな生活の中で、当事者はその出自に揺れながら、生きている。葬儀という人生最後の時にも、「部落問題」が顔を出してくる。

差別が「ない」のではない。

「ある」のに「ない」ことになっているだけ。

「いる」のに「いない」ことにさせられているだけ。

 

知ってる?「八鹿高校事件」の深層!(本編)~部落問題の基礎知識③~

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八鹿高校事件の友人の投稿で、紹介されていた本。著者の秋山良さんに、許可をもらったので、本文の八鹿高校差別事件のところを、一部抜粋して紹介させていいだきます。

詳細は、ぜひ本書を購入して読んでください。矢田教育差別事件の事も書かれています。

かなり長いですが、読み応えがあります。前回の投稿(部落問題の基礎知識②)を読んで、この記事を読めば、八鹿高校差別事件の「真実」が見えてくると思います。

 

※参考(一部抜粋)

『「同和利権の真相」の深層』(解放出版社、2004年)より、

「『真相』なるものが覆い隠した真実ー同和教育をめぐってー」

 

《それでも地球は回っているー八鹿高校差別教育事件―》

◆なぜ「事件」が起こったのかを見ずして

「この日、病院に入院された先生がいることは確かである。事実をもみ消すことはできない。しかし、この22日のことだけに焦点をおいて考えることが正しいことなのだろうか。座り込み、断食を行った21人の生徒の中の1人として私は先生達の醜さ、きたなさ、そして差別性を見てきた中で、とても許されないことだと思う。私たちがどうしてここまでやったか。そしてやらなければならなかったのか。…」】

これは、八鹿高校生徒自治会発行の生徒文集『11.22その日』に掲載された生徒の手記である。

「高校の先生70人に血の集団リンチ」「気絶…水かけ、また殴る 63歳の女教師にも」と『赤旗』で扇動的報道がなされたいわゆる「八鹿高校事件」。

『真相1』では、「校内に部落解放研究会の設置を認めなかった八鹿高校の教師68人に対して、解放同盟兵庫県連メンバー数百人が襲いかかり、13時間にわたって『糾弾』と称して集団リンチを加えた。これにより56人が重軽傷を負い、29人が入院したという教育史上例をみない事件である。」(p131)と記されている。

まずは人数や時間など大いなる誇張があることはさておいても、なるほどこれだけ読めば、「いかにも…」と思える記述だ。

しかし、生徒の手記にあるように、なぜ「けが人の出る事件」が起こったのか、前提となる「なぜ教師は、解放研を認めなかったのか」、さらには「そもそもなぜ生徒は解放研をつくったのか」、そのことを抜きにしてことを語ることはできないし、それを明らかにすることこそが、ジャーナリストの努めであろう。

すでに、この事件の真相については多くの場で明らかにされており、ここで改めて紙面を割いて詳細を述べる必要はないと思われる。

しかし、今なお『真相』の編著者たちが、あえてこうした形で事件を取り上げることに対して、少なくとも次の3点、

「当日、起こった事実はなんだったのか」
「生徒はなぜ解放研を立ち上げたのか」
「教師はなぜ頑なに拒否したのか」

と遡る形で、前述の生徒の手記や裁判の中で提出された生徒の上申書という当事者の声をもとに振り返っておきたい。

 

◆当日、何が起こったのか

 

1974年11月22日、前夜、高教組が手配した城崎町の旅館で集団宿泊をさせられ、脱落を許さない「指導」を受けた八鹿高校教師約60人は、登校するなり一斉に年休届けを提出、各教室で生徒に「授業はない」と告げ、3列縦隊になってスクラムを組んで下校した。

 

職員室の前では、解放研に所属する生徒たちを中心に21人の子どもたちが、前日からハンストに入り、何も食べないまま泊まり込んでいた。その子どもたちをまたぐようにして、教師たちは下校していった。しかも、翌日からは連休である。そのときの様子を生徒はこう語っている。

「21日4時から断食に入り翌日、教師達が最初から職員室に土足で入り荷物をまとめて、各教室で〝授業はない〟と告げ、生徒を帰らすようにし、そして〝これから校門あたりで何がおきるかよく見ておけ〟といって学校を出ていった教師が許せるだろうか!

次の日から連休で、年休届まで出して私たち断食している生徒を見すて、職場まで放棄した教師達の態度に怒らずにおれるのだろうか。」

こうした教師の行動を察した当時の解放同盟の地元支部長は、駆けつけるなり、列の前に両手を広げて立ちはだかったが、果たせず引きずられることとなった。

さらに駆けつけた校長、教育委員会、育友会関係者などの制止も聞かず、列はさらに前進。

連絡を受けてやってきた解放同盟員(その中心にいたのは、ハンストに参加している生徒の保護者であった)に取り囲まれた教師たちはその場にスクラムを組んで座り込んだ。

「子どもたちを見捨てるのか」「殺すのか」との叫びにいっさい耳を貸さない教師たちに対して、解放同盟員たちは教師をごぼう抜きにして、47人を学校へと連れ戻した。(残りの十数人の教師はその場からいなくなった。)その際、裁判所がいう「有形力の行使」があったことは事実である。

学校に戻った教師に対して、解放同盟側は数名ずつでそれぞれに抗議と説得、つまり糾弾を始めた。

多くの人々が、自分の生い立ちや思いを必死に語ったのだが、いっさい聞こうともしない、受け入れようともしない教師たちがいた。

そうした頑なな教師の態度に対して、たまりかねたごく一部のものが「暴力的行為」に及んだことも認められる。しかし、それとて、解放同盟婦人部によってすぐさま制止されている。

したがって、裁判の過程で最終的に43名の教師が何らかの負傷をしたと認定されているが、結局判決の中では、告訴された13名の誰が誰に対して、どのような「暴力」を加えたのか、ほとんど明らかにされないまま、ただ「共同正犯」として「有罪」が下されているのである。

これが、裁判の過程でも明らかになった当日の経緯である。

少なくとも、当時、『赤旗』等々の共産党機関紙が書き立てた「血ぬられた高校体育館」「水をかけられてずぶぬれになった男女の教師をむりやり裸に」「バスケットボールのボードの支柱にぶら下がったゴムチューブ、ここで逆さづりの拷問?」などという事実はいっさいなかった。しかし、彼らは、こうした「誤報に対する訂正記事」さえ、いまだ出してはいない。

 

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◆「私が一番よく知っている」と交際を絶つ

 

では、そもそもの発端となった解放研をなぜ八鹿高校の生徒たちは結成したのだろうか。

この年の1月、県の幹部職員による差別文書事件が発覚する。これは、当時、八鹿高校3年生であった女子生徒とつきあっていた息子に交際をやめるように述べたものであった。理由は、女子生徒が被差別部落出身であることであった。

息子の父親は、同和行政を推進する立場にあったにもかかわらず「同和行政を口に唱えても本当にそれをやる人はいない。私が1番よく知っている。」「家族一同が不幸となり社会の片隅で小さくなって生活していかなければならない」等々と書いていた。

折りしも、この文書発覚直後、同様に差別によって交際を断ち切られた生野高校の女子生徒が奈良で自殺するという痛ましい事件も起こった。

こうした悲劇がたて続き起こり、兵庫県但馬地方の被差別部落の人々は、青年部を中心に、いっきに糾弾闘争に立ち上がることになる。

部落解放同盟南但馬支部連絡協議会は、前年の7月に結成されたばかりであった。「黙っていては、差別に殺される」――そんな思いで、眠らされていた人たちが立ち上がったのである。こうした動きは、高校生や中学生にも波及し、各学校で部落解放研究会が結成されていくこととなった。

こうした動きの中、差別文書の対象とされた女子生徒自身も、勇気を振り絞って立ち上がり、八鹿高校の卒業式で、真の同和教育の推進を涙ながらに訴えたが、教師たちの反応は冷ややかとしかいいようのないものであった……。

そのことを振り返り、彼女の妹は次のように記している。

「私の姉も八高の卒業生である。そして山田久差別文章事件の当人なのだ。そして、その相手も八高生である。姉は3年の卒業間近になってから解放同盟の運動をしり、今まで逃げ通していたこの問題にやはりやらなければならないと思い、部落民宣言をし同和教育をもっときちんとやってほしいと泣きながらうったえた。

しかし、教師はそんな苦しい中で、うったえた姉のことも考えず、何もしようとも考えようともしなかった。生徒も何も聞かなかったように、そして仲のよかった友だちも姉と話しもしないようになったのであった。姉は結局、みじめさをより深めただけであった。」(神戸地裁への上申書より)

 

同和教育の時間にニヤニヤ笑いの教師

彼女が訴えた八鹿高校の同和教育とはどのようなものであったのか。生徒たちは次のように語る。

「私たち部落の生徒はいつもビクビクしています。特に同和教育の時にはどうにもならないくらいなのです。まして、部落の実体を知らずして、たまに本を読み通すだけの同和教育をやられていては、ただみじめになるほかないのです。マンガを読む、他の話をする、エスケープする、同和教育中、なぜこんな生徒がいるのでしょう。

そして、同和教育をやっていながら、なぜ私たちがこんな人目を気にし、顔すら上へあげられない苦しいめをしなければならないのでしょう。同和教育は何のためにやるのでしょうか。また先生たちは一般差別と部落差別をごっちゃまぜにし、結局本質もとらえられず、予断と偏見を大きく広げているにすぎない教育なのです。」(神戸地裁への上申書より)

残念ながらこの現実は、事件後も変わらない、いやむしろもっと悪化する。

「腹が立つようなおかしい発言があっても、言おうか言わないかとまよい、胸がドンドン打ってしかたないのです。(略)どんな差別もいっしょにし、ただ同情じみた、けれど同情なりのあったかさもないのです。私が先生のおかしい点を指摘すると、先生は笑ったり、またかというような顔をしたり、そのうえ私が話をしている途中でもプリントを配ったりして聞こうとしないのです。

私が「先生、話を聞いて下さい!」と大きな声で言うと、プリントを配りおえてから「どうぞ」といかにもバカにした態度で話を続けろというのです。カーときて「教室をとびだしたろか」と思ったけども、胸の中で熱湯がにえたぎっている中で話を続けました。しかし、先生は聞く態度ではなく、生徒と共に笑うのです。

またこの時間に友情のこととかラムネ屋の問題をだすので「何が関係あるんや!」と言ったら「何が関係ないのや」と言うのです。

部落問題にふれず、差別はみんないっしょだからといって、他の問題を出してくるのです。

だから私が「同じ身体障害者どうしでも、部落の身体障害者の人は部落じゃないその人たちに差別されるという現実が京都の施設でもある。もし一般差別も部落差別もいっしょなら、なんでこんな差別があるんや、明らかに矛盾があるやないか!」といっても「そう言われても私の気持ちは変わりません。」こう答えるのです。

これで教育者と言えるのでしょうか。部落にも入ったことがなく、何の勉強もしていない、まして共産党の出す『赤旗』に書いてあるようなことと同じようなことを言っているような教師に対しなぜ黙っていることができるのか!」(前掲)

 

◆「人生でこんなに早く人の冷たさを知りたくはなかった・・・」

こうした学校の中で、生徒たち21人は、1974年5月、部落解放研究会を結成しようとする。しかし、教師たちはそれを認めようとない。以来半年間、生徒たちといっさい話し合おうともしない状況が続いた中、さまざまな努力によって11月、ようやく2人の教師との話し合いが約束されたもの、それさえも他の教師たちの圧力によって反故にされた。

ここにいたって、解放研生徒たちは、話し合いを求め、職員室前の廊下に座り込みを始めた。それが、11月18日のことであった。

こうした生徒たちの行動に、保護者や被差別部落の人々を中心に、多くの人々が教師集団に対する抗議の行動に立ち上がる。集会やデモが行われ、但馬地域は騒然とした状況になる。

しかし、教師たちは、こうした人々の願いを受け止めようとしないばかりか、さらに態度を硬化させ、集団で登下校し、20日からは城崎町の旅館に集団宿泊までするようになる。

「教師と生徒の話し合いを拒否する学校があるのだろうか。私たちはこれで生徒として認められているのだろうか。私たち解放研は八高職員が差別教師であることを新たに自覚し、座り込みに至った。

しかし私はこの時水平社宣言を前にして、人の世の冷たさがどんなに冷たいものであるか初めてわかったような気がする。座り込みをしている私たちの前を平然と通る教師、そしておもしろそうにジロジロ見る生徒。私は人生の冷たさ汚なさをこんなに早くは知りたくなかった。しかし、暖かさといたわりを少し感じたような気がする。私たちは3日間の座り込み闘争をすぎあくまで知らん顔をする教師に我慢できず断食に入ることにした。」(前掲の生徒手記より)

これが、11月22日当日までの経緯である。

 

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◆仕組まれた事件、赤旗記者・病院は事前に手配されていた!

「生徒が前日の夕方から断食をして座り込んでいる」「保護者が必死になって話し合ってくれと訴えている」しかし、それをふりほどき、隊列を組んで学校を出て行く。

ここまでなぜに教師たちは頑なだったのか。部落解放同盟のメンバー13人に対して有罪を下した判決でさえ、あえて次のように述べている。

(解放研設置を認めなかった事実をさして)「事が自校の生徒に関する問題であるだけに、教諭らの態度はやはり生徒を抜きにし、政治的観点にとらわれすぎた硬直した態度であるとの非難は免れがたいと考える。」

「解放研生徒のことも顧みず集団で下校するということはいかにも性急で思い切った態度であり、もとより他にとるべき方法がなかったとはいいがたい。教諭らが真にハンガーストライキをしている生徒やその父兄の心情を思うならば、右のような態度は教育者としてとり得なかった筈である。」

「教育者として適切を欠くものがあり、少なくとも、日頃部落差別に苦しんでいる被告人ら解放同盟員にとって、差別的・党派的なものと見られる余地があるといわなければならない。してみれば、これらの者が激しい怒りを持ち、糾弾を必要とすると考えたのも無理からぬところがあり、本件は動機・目的において一応首肯できなくはない。

このように教師の行動を批判した判決は、その背後には、部落解放同盟日本共産党との対立がある」と明確に述べている。

つまり、判決でさえ明言しなければならないほど、教師たちの行動は、日本共産党の全面的で露骨な指導のもとに進められた。

「解放研は解放同盟の尖兵である」と批判する彼ら自身が、「日本共産党の紛れもない尖兵」であり、彼らがいうところの「教育への介入や批判」とは、「日本共産党の校内支配への批判と反発」に他ならなかった。

だからこそ、赤旗の記者、病院の手配などなどの周到な準備を整えた上で、彼らは、トラブルが起こることを想定して、あえて生徒と保護者を振りきり、その目の前を隊列を組んで出て行くという挑発行為を行ったとしかいえない。

しかし、ハンストしている我が子を見捨てた教師、いくら訴えても応えないどころかあざ笑う教師、その怒りを思うとき、あえて挑発であり罠だとわかっていたとしても、こうした行動をとらざるを得なかったことを考えてみることが必要である。

当時のリーダーは、振り返って、私に次のようなメッセージを届けてくれた。

「体に傷はつけず、毒ガスで殺されようとする人を、部落民が有形力(暴力)によって壁を打ち壊し、腕をつかんで助け出しても、共産党は『赤旗』で暴力と書くだろう。今から29年前の11月22日、南但馬の部落解放同盟は予測された苦難を承知した上で、断固たる決意のもとに、八鹿高校差別教育糾弾闘争を闘ったのです。」

 

◆生徒を置き去りにしての政治利用

そして、共産党は「八鹿高校事件」は、「部落解放同盟=暴力集団」として描くためのキャンペーンに最大限利用していく。

たとえば事件直後の八鹿町、養父町、山東町では、同和行政批判を公約とした共産党支持候補が町長として当選した。中でも、朝来町では兵教組の支部長として大量の差別ビラをばらまいた橋本哲朗自身が共産党から立候補し町長に当選した。但し、後年、彼は不正支出と偽証で辞任に追い込まれたことも明記しておきたい。

しかし、それだけに留まらない。なんとこの事件は、同和地区の所在や地名を明記した「部落地名総鑑」を販売するためにも利用されたのである。さらには後述する広島県での平和教育同和教育を押さえ込み、「日の丸・君が代」を強制する際にも利用されていく。

そしてそれは今回の『真相』にも通底しているのである。

今回の『真相1』の中で、「凶暴化する『人権』」として、この事件を取り上げたのは、寺園敦史氏である。彼は、この項の冒頭で紹介したように、「集団リンチ事件」として描き、解放同盟を擁護する大学教員に対して「地区住民を対等な立場の人間として見ているとはとうてい感じられなかった」と述べ、さらには、この事件が「周囲に『同和』『部落』は怖いという、とてつもないイメージを形成させていったのである」と述べる。

『真相』筆者である寺園氏に訊ねたいのは以下のことである。

はたして、差別の現実を訴え、座り込みからハンストまで行った生徒たちを対等な人間として見なかったのは誰か。すがりついて、我が子を見捨てないでと訴えた母親をふりほどき突き放したのは誰か。そして、「逆さづり、丸裸」といったありもしないことまで、書き立てて、「暴力集団」という「とてつもないイメージ」として描き出したのは誰か。

寺園氏は、これまで当事者に直接、取材することや、立場の異なる人へも取材するといったいわば「中立」の立場として、一連の記事を書くというスタンスを標榜されてきた。しかし、この当然の姿勢さえ、ここでは全く見られない。引用されているのは、「全解連」の見解だけ。これで果たして報道と言えるのだろうか。

 

◆路線対立へのスリ替え―傷ついたのは誰か

そして、一般のマスコミはこの事件についてどのような態度をとったのか。

ある意味、この事件は「部落解放同盟日本共産党との対立」としてとらえられたからこそ、多くのマスコミは、路線対立の中での衝突やトラブルは、多くの労働運動や住民運動の中でも起こってきた問題であるとして、あえて取り上げることもしなかった。

しかし、それもまた間違いである。なぜなら、この事件の中で何よりも傷つき、悲しみ、悔しい思いをしたのは、当事者である生徒であった。このことこそ忘れてはならなかったはずだ。

教育現場で起こったこの事件の中心にいたのは、子どもたちであった。教師たちは彼らに何をしたのか、何を残すことになったのか、そしていまなお、このような形で事件を取り上げることは、彼らに何をすることになるのか。いま改めて、「八鹿高校」という言葉を持ち出すのなら、これを「暴力事件」ととらえる勢力はもちろん、私を含めて「差別教育事件」ととらえる側も、このことこそ考えなければならない。

 

◆「機動隊を導入して解放研部室をつぶせ!」

当時、但馬地域の7つの普通科高校は3ランクに並べられ、その下に実業高校、そして5番目にその他の職業科と明確に高校順位が決められていた。それが『兵庫方式』とよばれた進学指導であり、子どもたちは遅くとも中学3年生の1学期には、成績順に進学先が割り振られるという状況におかれていた。

そうした中で、八鹿高校普通科の生徒たちは、大学進学をめざすエリートコースに位置づいていたのである。一方、同じ学校にありながら、最下位に位置づけられた職業科の生徒たち。「阿呆たれ」「土方」という言葉が教師自身からも発せられる学校の現実の中で、前述の同和教育が行われていく。そこに起こった差別文書の発覚、差別による自死……。

翻って、「自由化、多様化、個性化」として「特色ある学校」いう言葉のもとでの、止めどなくランク付けが行われている今日の学校現場の状況。教育への競争原理の導入は、序列と差別をさらに拡大させている。

いま、そうした状況にある中でこそ、解放研を結成し、真の同和教育を求めた生徒たちの思いを今一度、受け止めたいと私は思う。

あの事件の後、親族が裁判の被告として法廷に立たされた中でも、八鹿高校部落解放研究会の子どもたちは、機関紙『自信と展望』を発行し続け、生徒集会、ホームルームなどを通じて、真の同和教育を訴え続けた。それに対する教師の答えとは、「機動隊を導入してでも解放研部室を撤去せよ」という職員会議での発言に象徴される対応であった。子どもたちは、卒業に当たってこう述べている。

【私達は八鹿高校の同和教育を不満として訴え、ついに断食をもって告発した先輩の闘いをすばらしいと思います。私達は、兄弟父母が生徒と学校を捨てて逃げ出した教師を連れもどし、そのあやまちを糾弾したことを誇りに思います。

私達が今日まで教師の弾圧に屈せずにいたのは、差別を許さなかったこの闘いの歴史にささえられたからです。今後進学、就職と私達の進路はわかれていきますが、八鹿高校の苦しかった毎日とそれを乗り越えてきたことを思えばどんな困難にもうち勝っていけると思います。

私達は八鹿高校の教師が部落解放に向かって学びたいと願う部落の生徒の学ぶ権利を抑圧している事実を身をもって体験し、抑圧された中では充分な学習権は保障されないこと、すなわち差別教育であることを知りました。

49年11月22日エッタ帰れ、四つ帰れの大合唱【注-筆者】を許さなかった先輩たち、私達を支援してくれた生徒諸君ありがとう。

最後に敵意と差別の学校の中で部落民である私達に学ぶ場所を提供してくれた部室、ありがとう。八鹿高校の校舎全体が部落民を暖かく迎えてくれるその日まで闘いぬくことを約束してお別れします。1979年2月25日 八鹿高校部落解放研究会 卒業生一同
兵庫県立八鹿高等学校部落解放研究会発行『自信と展望』号外1978.2.24より)

 

【注】11月22日、教師を説得する保護者に向かって、校舎の窓から生徒たちが発した言葉である。しかもこの生徒たちは、八鹿高校の教師たちが、民主的に部落問題を考えるサークルとして指導してきたとして、この存在を理由に解放研の設置を認めなかった「部落問題研究会(部落研)」の部員だった。「八鹿高校事件」なるものの真実とは、ここにこそあるのだ。

 

◆この本はどんな思いで読まれたのだろうか

冒頭で述べたように、この本は、どのような人にどのような思いを持って読まれたのだろうかという疑問を私は抱いている。確かに、この本に書かれたようないい加減な同和教育があったことも事実であろう。あるいは、教条的に差別をとらえて、間違った教育実践が行われたこともあっただろう。

また、そこには、部落解放同盟支部長に媚びを売り、出世していった教師がいたことも事実であるし、そうした教師たちを利用して労務管理や、人事操作を繰り広げていた教育行政があったことも事実であろう。

しかし、そうした教師たちばかりではない。部落の子どもたちの教育を保障していくために、手弁当で必死になって取り組んでいた矢田中学校の教師たち、共産党支配がその後も続く八鹿高校教師集団の中で解放研の子どもたちの思いに耳を傾け、そばに居続けようとした教師たち、彼らは、ただ部落解放同盟が恐ろしくて、あるいは金銭や出世といった瑣末な利害で動いたのでは断じてない。『真相』は、こうした教師たちを愚弄するものに他ならない。

毎年、開催される全国人権・同和教育研究大会は、既に55回を数え、そこには、2万を越える人々が結集する。もちろん、出張旅費と手当をもらい、会議もそこそこに、近隣の温泉へと向かう教師や行政職員もいる。

しかし、自費を絞り出して、10時間近くも自らの車を飛ばして、駆けつける教員がいる。あるいは、1人分の旅費を3人で分けて、知人の家に泊めてもらって参加する教員がいる。彼ら彼女らは、子どもたちとの出会いから、部落の人々との出会いの中から、目覚めたこと、心ときめいたことを語りたい、聞いてほしい、そして応えてほしいという思いから参加する。

「解放同盟=暴力集団」として、『真相』は描き出そうとするが、こうした同和教育に真摯に取り組んでいる教師たちにとっては、部落解放同盟とは、1人ひとりの子どもの保護者であり、子ども会をいっしょに進める青年であり、識字学級で学ぶ人たちであり、「先生、遅までごくろうさんやな。ちょっと食べていきな」と声をかけ、「わしでよかったら、子どもらに太鼓のたたき方おしえたるで…」と語りかける人々にほかならない。部落解放同盟とは、日々、差別と向き合っているそれぞれの人たちであることを、こうした教師たちは知っている。

そこには、ただ「勤務時間は守られていますか」と問いかける教師や、ハンストをしてまで訴えている生徒の頭をまたいで下校する教師、差別発言を指摘され抗議されると自分の過ちも認めず、共産党の庇護のもとへと逃げ込む教師など一切いない(断っておくが、投げかけられた提起に反論することを否定しているのではない、要は向き合おうとしたのかどうかである)。『真相』編著者は、同和教育に取り組んできた教員たちを一度なりと取材してみれば良いだろう。

 

スケープゴートにされる人々は誰か

『真相』が果たしている犯罪的な役割は、ただ単に過去の事実や同和教育実践を歪曲して伝えているだけに留まってはいない。前述したように、部落解放同盟を暴力集団として非難し、その一方で差別を指摘され批判された教師を被害者として全面的に擁護する姿勢は、教師の権威を振りかざし、批判を受け付けない、そうした主張に貫かれている。はたして、それでよいのだろうか。

構造改革」の名の下、弱肉強食の競争原理が正当化され、それが「教育改革」の名のもと学校現場にまで及んでいる。保護者の生活実態がそのまま子どもたちの教育達成を左右し、学力の階層間格差が大きく拡大している。

公立学校さえ多様化のもとランク付けされ、「有名進学校」をめざして塾に家庭教師に、あるいは「個性伸張」をめざしてスポーツチームや音楽レッスンに……子どもの将来を保障するためには、金が必要であることをすでに多くの人々は見抜いている。

しかし、経済大国と言われながら、年間3万人を越える「自殺者」、その半数は「生活苦」が理由だとされる。つまり、1日90人が自ら命を絶ち、その内50人近くが生活苦だというのである。

もちろん、その中には、子どもたちの親もたくさんいる。既に、就学援助を受けなければ学校へ通えない子どもたちが、10人に1人。貯蓄がない、いやできない世帯が2割を越える。

高度経済成長のもとで、「みんなが幸せになれる」ことをめざした社会は、現実にある経済格差を「強者と弱者」としてとらえた。豊かな生活ができない「弱者」を生み出したのは、社会が不公平だから「結果の平等」をめざして福祉と教育を充実することが当然とされた。

日本列島改造論」が「都市だけが豊かでいいのか、地方は弱者だ。弱者にも手厚い行政を」として是認されてきたのもそうだ。いわば、同和行政や同和対策の特別措置もこの流れの中で行われたに過ぎない。

しかし、90年代以降、経済が停滞し構造不況が進む中、すべての人に保障できるほど予算はない、自由な競争こそ社会を発展させるのだから、機会は与えるが結果は自己責任、成功した者は「勝者」だし、機会をいかせなかったのは「敗者」とされる。そんな時代へと変化していった。

「住宅の改修もした、道路も整備した、環境改善はやりました」「加えて啓発の学習会も行った」しかし、「仕事がない、進学できない、それはあなた個人の問題、個人の責任でしょう」として、同和対策事業は打ち切られた。いくら差別の現実を語っても、「それは、あなたの考え」として一切、耳を傾けようとしなかった八鹿高校の教師の姿が浮かんでくる。

そしていま、親子3代政治家、官僚、外交官という「強者」が世襲され、固定化されているとき、「強者」はもともと優れた「優者」であり、対して「弱者」は、そもそも機会をいかせない「劣者」なのだ、という理屈付けが進んでいる。

その時、いままで「弱者」であると思ってきた人たち、女性であり、被差別部落の人々であり、在日朝鮮人であり…、そうした人たちは「実はこんなにひどい劣者だったのだ」といわんがためのキャンペーンが、『北朝鮮利権の真相』『まれに見るバカ女』と続く、まさにこの一連の『真相』本に他ならないのではないだろうか。

 

◆教師という職業―いま改めて同和教育とは

そして、こうした人たちを劣情のスケープゴートにしながら、階層分化の合理化と戦争ができる国づくりへと進んでいる。前者は、「できない子には実直な精神を」として、国定道徳教科書「心のノート」の制定とこれに基づく指導の強化による「愛国心=現行政治体制に従うこと」の強制などに顕著に現れ、後者は、「拉致問題」を政治的に利用し、「人権学習」の名の下で、核武装肯定論者や過去の侵略の事実を認めない人々の手に子どもの学習がゆだねられことにまで至り、その先には教育基本法憲法の改悪が狙われていることは言うまでもない。

2003年7月、「イラク支援法」が成立した。いま教師たちは、「教え子を再び戦場に送ること」になった。イラクに派遣される自衛隊員の多くは、政治家や官僚や社長の子どもではない。根っからの右翼思想の持ち主でもない。

前線に立つのは、防衛大学出身のエリート隊員や官僚隊員でもない。街で「兄ちゃん、ええ身体してるな」と声かけられたある意味、学校教育の中でしっかりと進路保障されなかった子どもたちも、そこには、いるのである。

一方、その教師たちもまた、「教育改革」の名の下に、一つひとつを吟味する時間も与えられず、競わされ追い立てられて疲れ切っている。子どもたちと校庭を駆け回り、ドッジボールをし、歌を歌い、笑いあう、そんな風景がいつしか学校で見かけなくなってきている。

もっともっと子どもたちや保護者と関わり、その生活を知り、生い立ちを知り、思いを知って、学力保障に取り組みたいと願いながらも、そうできなくなってきていると語る教師たち。

その一方で、とにかく楽したい、そのためにはやらなくていいものはやりたくないと授業の創意工夫などしたくないから、「基礎学力の保障」という言葉を悪用して、機械的な百マス計算やドリル学習に走る教師。

その時、はっきりしていることは、前者の教師は、これまで同和教育を中心として困難な立場におかれた子どもたちの学力保障に真剣に取り組んできた教師であり、後者に見られるのは、自分たちの権利だけを振りかざしてきた矢田や八鹿に共通する教師たちである。

いま改めて、矢田教育差別事件、八鹿高校差別教育事件を学び直すとするなら、子どもや保護者の思いを受け止めることができなかった教師たちは、醜い姿をさらすことになり、そして結局、自分自身の権利を守ることさえできなくったという悲しい結末である。子どもたちの信頼と保護者の信頼をなくして教育は成り立たないし、自分たちの権利も勤務の改善もあり得ない。

『真相』編著者の方々よ、正義の味方を気取るのはいい。しかし、あなた方の論理は、いったい誰のどのような利害や意図にとって好都合なのか。

部落解放運動や同和教育実践にも、数多くの誤りがあったことを否定はしない。しかしそれは、本来、同志的立場から相互批判の原則のもとで克服されるべき、また克服できる問題であって、敵対関係に転化すべき問題ではない。

にもかかわらず、あなた方が部落解放運動を、そして同和教育の実践を矮小化して口汚い攻撃の対象とするとき、それをほくそ笑みながら見ている勢力がいるのではないだろうか。あなた方は、そうした勢力に利用されているのか、はたまた、あなた方自身もまた、そうした勢力の紛れもない一員なのだろうか。

『「同和利権の真相」の深層』解放出版社2004より