部落差別は、今 ~TUBAME-JIROのブログ~

当事者の声、マイノリティの視点、差別の現実を踏まえた情報発信をしています。

第5話 行政がモニタリング(削除要請)を開始!~ネット社会と部落差別⑤~

(1) 行政の取り組み

①モニタリング(削除対応)実施と当面の課題

行政はネット上の部落差別の実態把握につとめ、差別投稿の削除に取り組む必要がある。すでに、三重県兵庫県鳥取県滋賀県(人権センター)、香川県香川県人権啓発推進会議)、奈良県全市町村(「啓発連協」)、広島県福山市兵庫県尼崎市伊丹市姫路市三田市、埼玉県内、大分県内や鳥取県内、山口県内の自治体では人権担当課や民間団体等の協力を得てモニタリング(ネットパトロール)が実施されている。

今後、全国の自治体でモニタリングが実施されるように取り組むと同時に、各地のモニタリング結果を集約し、ネット上の部落差別の実態把握を行う仕組みが必要である。

県や市町村が実施するモニタリングは、当該自治体の情報を中心にチェックするため、他の自治体に関連する投稿の場合、削除要請等に動いていないケースも多い。

また、掲示版や差別サイトには、地元以外の差別投稿も発見するし、県や市町村をまたいで投稿されているものある。そのため、都道府県レベル、全国レベルでの実態を集約する必要性がある。

今後は「モニタリング団体連絡協議会(仮)」などを立ち上げ、各地のモニタリング結果の情報を集約する仕組みをつくり、ネット上の部落差別やヘイトスピーチ等の実態把握と課題整理、ネット人権侵害、部落差別の解決に向けて効果的に取り組んでいく必要がある。

すでに、(一社)部落解放・人権研究所の第6研究部門では2017年度より「ネットと部落差別研究会」を立ち上げ、ネット上の部落差別の実態把握と対策に向けた研究が行われている。

2018年7月には「第1回モニタリング団体ネットワーク会議」が行われ、モニタリング団体のネットワーク化、情報交換の学習会が実施されている。

2018年12月には「ネットと部落差別研究集会」を開催し、モニタリングの普及=ネット上の部落差別の実態把握(立法事実の収集)と対策に向けて動き始めている。

 

f:id:TUBAME-JIRO:20190415212337j:plain

2018年12月15日、「ネットと部落差別」研究集会(大阪市内)。写真右から荻上チキ(評論家)、谷口真由美(大阪国際大学准教授)、津田大介(ジャーナリスト)、川口泰司(山口県人権啓発センター)

 

②削除基準・ガイドラインの作成

差別投稿などの削除要請をより効果的に実施するためにも、国や地方自治体レベルで、どのような内容の投稿において削除要請を行うのかなどの基本方針(ガイドライン・削除基準)の作成が急務である。

ヘイトスピーチ解消法」施行(2016年6月)を受けて、法務省は「ヘイトスピーチ対策プロジェクトチーム」を立ち上げ、「何がヘイトヘイトスピーチにあたるのか」の一定の基準を整理し、「参考情報」として希望する自治体に公表してきた。


部落問題においても同様に「どのような行為を部落差別とするのか」の基準設定を進める必要がある。国が削除基準を設けることで、モニタリング団体や市民の削除要請やプロバイダ等の削除対応が行いやすくなる。

2004年から三重県のモニタリング事業の委託を受けて、削除要請に取り組んできた(公財)反差別・人権研究所みえの松村元樹事務局長は、ネット上の部落差別についての削除基準をつぎのように示している。

(1)同和地区の所在地を公開する・問い合わせる・教示する投稿(差別を助長・扇動・誘発することを目的もしくは結果として差別を招来する可能性があるかたちで)

(2)同和地区への土地差別や同和地区関連の物件忌避につながる投稿

(3)同和地区出身者の身元調査につながる投稿

(4)同和地区出身者を本人同意なくアウティング(暴露)する投稿。

(5)同和地区出身者との結婚差別・交際時における差別に関する投稿

(6)同和地区や同和地区出身者への差別意識や偏見を助長・扇動する投稿

(7)同和地区や同和地区出身者への誹謗中傷や攻撃的な投稿など

※松村元樹「ネット対策の現状と課題」(『ネット上の部落差別と今後の課題』、2018年)より

上記(1)~(7)の削除対象の基準は、長年にわたる部落解放運動、同和行政の取り組みの結果、現在では部落差別事象として判断し、対応しているものである。法務省地方自治体、業界団体では上記のような基準(ガイドライン)の作成に、今後、取り組んでいく必要がある。

現実社会では賤称語を使用した差別落書きや差別発言、同和地区を調べる土地差別、身元調査、差別問い合せなどは、行政も部落差別事案として対応してきた。

ネットからリアルに波及して差別事件が次々と起こる中、ネット空間も公共圏と見なされるべきであり、公の言論社会なのである。現実社会においてアウトな差別的言辞は、ネット上でもアウトであり、許さない、放置しないという対応が当然求められている。

総務省がブロバイダ業界団体へ要請

2017年1月、総務省は国内のプロバイダー大手4団体に対して、部落差別解消推進法、ヘイトスピーチ解消法に踏まえた差別投稿への対策を要請した。

2017年3月、業界団体は「契約約款モデル」で「差別を誘発・助長する目的での同和地区情報の掲載」と「ヘイトスピーチ」を差別禁止規定に該当するとの解説改訂をおこなった。

法務省が同和地区情報の対応を強化(2018年12月通達)

2018年12月、法務省は地方法務局にネット上にある同和地区(被差別部落)に関する情報の対応強化(削除要請)の通達を出した。

法務局は、従来は特定の人物を対象としていたり、差別の助長・誘発が目的だったりする場合に限ってプロバイダーなどに削除要請をしていたが、目的に関係なく、特定地域を同和地区であると明示していれば原則として削除を要請するとした。(学術研究等は除く)強制力はないものの、これまでの運用に比べ、踏み込んだ対応となる。

 ④ネット被害者は自力救済

しかしながら、ネット空間のほとんどの差別的書き込みが放置されている現況は否めない。

ネット上で人権侵害を受けて法務省・地方法務局に相談しても、現状では基本的に被害者本人がプロバイダ等へ削除依頼を行わなければならない。

自分で被害を回復することが困難な事情がある場合や削除されない場合に、初めて法務局がプロバイダ等へ削除「要請」を実施することになる。

2017年に法務省・地方法務局がネット上の人権侵犯事件として処理したのは2217件で過去最高であった。

しかし、法務省がプロバイダ等へ削除「要請」をしたのは25.6%(568件)である。大半は被害者に「プロバイダ責任制限法」にもとづく削除要請の方法等を教える「援助」という対応である。*1

個人で削除依頼をしても、なかなか削除してもらえない。

海外サーバーを経由している場合、サーバーが置かれている国の言語と法律で依頼する必要があり、削除対応はもっと困難になる。苦労の末、仮にその投稿を削除させることが出来たとしても、再び書き込むことが容易であり、同じことが繰り返される。

たとえ、書き込んだ相手の特定ができて、名誉毀損などで民事訴訟を起こしても、損害賠償の金額以上に裁判費用がかかり、経済的にも精神的にも負担が大きい。

また、裁判中には個人攻撃なども増え、被害がより悪化する恐れがある。現状ではネット被害者は圧倒的に不利な状況である。*2

⑤相談体制の充実

こうした状況にあって、行政や地方自治体などが、ネット上の人権侵害の被害者に対する相談窓口を設置し、相談体制の充実に取り組むことが求められている。

現在、総務省の外郭団体として「違法・有害情報相談センター」、法務省には「インターネット人権相談受付窓口」があり、インターネットで相談を受け付けている。

しかし、年々増加するネット人権侵害の相談に対して、相談員の数や体制などが圧倒的に追いついていない状況がある。

「部落差別解消推進法」では国・地方自治体に対して「相談体制の充実」(第四条)が求められている。

まずは、ネット上の人権侵害に対する相談窓口を設置し、市民へ周知する事が急務である。そして、被害者の権利回復の支援が出来る相談員のスキルアップ、関係機関との連携・充実などに取り組む必要がある。

⑥「プロバイダ責任制限法」と同ガイドラインの改正

被害者救済の課題としては、法制度の問題がある。「プロバイダ責任制限法」(2002年)施行により、被害者から要請があった場合、プロバイダは「発信者情報の開示」と「削除」が可能となった。

しかし、「発信者情報の開示」は、損害賠償請求などで訴訟する場合のみの対応であり、ネット上での被害、人権侵害を被っていても訴訟をしなければ開示されない。

プロバイダによる「削除」も、実際には裁判所からの仮処分決定などの明確な違法性が証明できない限り、現状では訴訟リスクを怖れ、プロバイダは容易に削除しない。

実行性を高めるためには法改正をおこない、「発信者情報の開示請求」の条件緩和、差別投稿を削除してもプロバイダに賠償責任が生じないという「免責」事項を設ける必要がある。

そもそも、被害が起きた後の「発信情報の開示」「削除」という「事後」対応でなく、差別投稿をさせない「事前」対応が重要である。

たとえば現実社会では、駐車場でも公園でも、場を提供している側には「安全管理義務」がある。提供している場で違法行為や危険行為が行われると、利用者が被害を受ける危険があり、損害賠償責任が生じる恐れがあるからだ。

SNSなどの「場」のサービス提供事業者にも「安全管理義務」が当然求められるが、ネット上ではほとんどの差別的書き込み・差別デマが放置されている。つまり、差別が許されているのだ。

現状ではネット上でのサービス提供事業者には、ネットの書き込みを常時監視する義務はない。「プロバイダ責任制限法 名誉毀損・プライバシー関係ガイドライン」(第3版2011年、補訂2014年)には、「常時監視義務がない」とされている。今後、同ガイドイランの改正を行い、具体的な対策を行うことが求められている。 

 

*1:法務省「平成29年における「人権侵犯事件」の状況について(概要)」(2018年3月20日、報道発表資料

*2:佐藤佳弘「ネット人権侵害の現状と被害者救済の課題」『ネット上の部落差別と今後の課題』(2018年、部落解放・人権研究所編)