部落差別は、今 ~TUBAME-JIROのブログ~

当事者の声、マイノリティの視点、差別の現実を踏まえた情報発信をしています。

第1話「ネット社会における差別の変化」 ~ネット社会と部落差別①~

「部落差別解消推進法」施行とネット差別

今、インターネット上では、部落に対するデマや偏見、差別的情報が圧倒的な量で発信され、爆発的に拡散している。部落問題について「無知・無理解」な人ほど、そうした偏見やデマを内面化し、差別を正当化する情報の影響をうけている。

さらに、差別身元調査・土地差別調査の手段ともなる「部落地名総鑑」「部落人名総鑑」が作成され、ネット上で公開されている。ネット検索で容易に、部落出身者を特定する差別身元調査が可能になるという状況が起きている。

こうしたネット空間の部落差別が放置されていることで、現実社会に生きる被差別部落の人々への差別がエスカレートしている。

公共圏である市民社会では許されない差別行為であっても、ネット空間に投げ込まれた差別発言や差別的デマは、実質、無規制。逆に、ネット空間で生み出された部落差別が、これまで積み上げてきた人権基準を破壊し、後退させる事態を招いている。

「部落差別解消推進法」(以下、「推進法」)成立の背景には、このようなネット上での部落差別の深刻化がある。

同法第1条には「情報化の進展に伴って部落差別に関する状況の変化が生じている」として、国会での法案審議においても、ネット上の部落差別がもたらす被害の現実が、何度も指摘された。

今後、国や地方自治体、企業、専門家などが協力して、現下の状況を分析し、部落差別撤廃に向けた総合的な取り組みを行っていくことが求められている。

以下、ネット社会における部落差別の現実と今後の課題について考えたい。

 

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  (1)「情報源」と「質」の変化

 現在、日本国内で何らかの形でインターネットを利用している人は1億人を突破している。ネットは多くの人の「情報源」となっている。

かつては、自分が知らない知識や情報は、テレビやラジオ、書籍・新聞・雑誌などから得ていた。新聞・雑誌・書籍などの出版物、テレビやラジオの情報は、編集段階での第3者のファクトチェックなどによって、情報の「質」は、ある程度確保されていたといえる。

その背景には、部落問題にかかわる差別表現に対する告発・抗議・糾弾が、1960年代以降、マスメディアの分野でおこなわれてきたことがある。メディアは社会の公器であり、メディアが発信する情報には社会的責任が問われる。

人権意識の高まりのなか、部落民に対する差別観念を助長・再生産するような表現は厳しく批判された。被差別マイノリティからの抗議をうけ、媒体としてのメディアと被差別マイノリティとの対話が積み上げられ、賤称語の無自覚な使用や差別表現は「被差別者を傷つけ、差別を助長する」として、抑制されるようになった。

しかし、SNSの普及は「情報」の「質」の変化をもたらし、社会自体の変質をもたらした。SNSにより、誰もが自由に情報発信できるようになった。気軽に書き込むことができ、画像や動画もアップできる。

個人の情報発信には第3者によるチェック体制はなく、ブロバイダーの削除基準も非常に緩い。デマやフェイクニュース、被差別マイノリティに対する差別や偏見を助長する書き込みも、そのまま発信されている。2000年代に入り、ネット上は部落出身者に対する憎悪、罵倒、デマがあふれかえるようになった。

差別デマや偏見を助長する書き込みでも、アクセス数やシェア(転送・リンク)数が多ければ、ネット上では検索上位に表記される。しかも、正しい情報やポジティブな情報よりも、ネガティブな情報、差別的サイトほど話題性があり、アクセス数が高い傾向がある。

とくに近年、「在日特権を許さない市民の会」(以下、在特会)などによるヘイトスピーチに代表されるように、差別デマが横行し、激化した。2011年、在特会副会長が水平社博物館前で部落差別街宣を行った事件は記憶に生々しい。かれらは、ネット空間から現実社会に出て、街頭で差別煽動を叫ぶデモをおこなうようになったのである。

インターネットを拠り所としていたかれらが拡大していった背景にはSNS、とりわけTwitterの爆発的な普及がある。2011年の東日本大震災時、スマートフォンの契約数は955万台、それが2017年には8100万台と、約8倍に増えた。それに伴って、TwitterFacebookYouTubeなどのSNSの利用者数も増大し、ネット空間で生みだされた言説が、現実社会にも大きな影響を及ぼしている。

 (2)「拡散力」と「蓄積」による印象操作

ネット社会の特徴は、情報の「拡散力」「蓄積」である。デマや偏見などの差別情報も一瞬で何千人、何万人に拡散し、ネット上に「蓄積」され続けていく。ごく少数の人間でも、デマやフェイクニュース、差別的情報を投稿し続ければ、ネット上ではその情報で埋め尽くされ、印象操作が起きる。

Yahoo!ニュース」の総コメント数の75%が、たった15%のヘビーユーザーとライトユーザーによって占められていたという調査結果が明らかになっている。あるヘビーユーザーは100個ほどのアカウントを使って、くり返し投稿していた。

韓国や北朝鮮、中国などに関するニュースのコメントは、ヘイトスピーチであふれていた。しかし、ヘイトスピーチ投稿の全体の25%が、たった1%の人間による投稿のくり返しが占められていたことも明らかとなっている(2015年4月、木村忠正・立教大学教授とYahoo!ニュースによる共同研究)。

『ネット炎上の研究』(2016,田中・山口)によれば、炎上参加者はネット利用者の0.5%であるにもかかわらず、世論を反映した意見として取り上げられるという。炎上を避けるために、圧倒的多数の中間層の人々が、議論と情報発信から撤退していくその結果、両極端な意見のみがネット上で情報発信され、議論が劣化し、意見が先鋭化されていくと同書はのべている。

また、欧米ではTwitterbot」機能(自動投稿システム)を使い、米国大統領選挙や英国EU離脱の国民投票においてもフェイクニュースが大量に流され、投票行動に影響し、社会的な問題となった。「ボット」(botはロボットの略)とは、事前設定によって、自動的にツイートを発信するプログラムのこと。大量のツイートを継続的に発信することも可能である。

すでに、大阪府内の同和地区の所在地情報がTwitterの「ボット」投稿により毎分ごとに投稿され続け、何度削除されても、自動的に投稿がくり返される問題も起きている。一部の人間が、差別情報を投稿し続けることで、ネット世論が作り出され、印象操作が起きる。

ネット空間では「デマも百回言えば、事実になる」という状況が簡単に生み出される。被差別マイノリティ集団や個人・団体に対する偏見が煽られ、荒唐無稽な差別デマが、容易に拡散される時代になっていることを自覚する必要がある。

 (3)「可視化」「接続化」「記録化」

 評論家の荻上チキ氏は、ネット社会を「可視化」「接続化」「記録化」と特徴づけている。

一つめは「可視化」で、今まで見えなかったものが、より見えるようになってきたこと。

二つめの「接続化」によって、今までつながらなかった人がつながる。

3つめが「記録化」である。ネット上ではアーカイブが残り、いつまでもログ(記録)が残る。一度ネット上に投稿された記述や画像などの情報は、本人が削除しても、どこかにログが残り、複写・拡散されやすく、消えにくい。これは「デジタル・タトゥー」と呼ばれている。

ネット空間を「棲(す)み処」にしていた「在特会」ら差別主義者たちが、ネットからリアル世界に出て、公然とヘイトスピーチをおこなう様子が「可視化」され、ネット上で「接続化」され、それらの言動が「記録化」されていくようになっていった。 

 

4)「フィルターバブル」と「エコーチェンバー」現象

また、ネット検索サービスの進化は、自分が見たい情報のみを得ることを可能にする。興味・関心がない情報、見たくない情報は見なくてすむ。GoogleFacebookアルゴリズムは、個々人のクリックしたデータを集約・分析・分類(フィルタリング)し、次回の検索からその人が興味・関心をもちそうな記事やサイトを優先的に表示する。つまり、自分が興味・関心のない情報、価値観の異なる意見はどんどん遮断されていく。

その結果、利用者は自分と同じような価値観や意見、興味関心にあうものだけに囲まれて、逆にそれ以外の情報から遮断されてしまう。

それがネット社会で起きる「フィルターバブル」現象だ。

SNSでは、自分が見たい人をフォローし、その人の投稿がタイムラインで流れてくる。嫌いな人はすぐにブロックして遮断できる。その結果、同じ価値観をもつ者同士がつながり、コミュニケーションをくり返していくようになり、しだいに、自分の周囲にある言説こそが真実であるかのような感覚におちいる。価値観や思考がより先鋭化し、言論の「二極化」や集団の「分極化」が生じやすくなっている。

これは「エコーチェンバー」とよばれる現象で、「エコーチェンバー」とは、閉じた空間で音が共鳴するよう設計された部屋のことだが、SNSなどによるコミュニケーションが、閉じた関係性を生み出し、それ以外の言説がある可能性に思い至らず、特定の考えに凝り固まってしまう危険性がある。

このようなネットのもつ特性が、マイノリティに対する偏見や差別意識エスカレートさせ、ヘイトスピーチ(差別憎悪煽動)・ヘイトクライム(差別憎悪犯罪)を惹起させる要因にもなっている。

 

参考文献

※曺慶鎬「インターネット上におけるコリアンに対するレイシズムと対策の効果」(『応用社会学研究』2017、No59)

 ※朝日新聞デジタル、「コメント欄にはびこる嫌韓・嫌中 ヤフーニュース分析」(2017年4月28日)

荻上チキ、「ウェブ社会と『新しい差別』」(雑誌『ヒューマンライツ』(2017年11月号)

荻上チキ、『ウェブ炎上』(ちくま新書、2007年) 

※田中辰雄・山口真一、『ネット炎上の研究』(勁草書房、2016年)

※平 和博『信じてはいけない-民主主義を壊すフェイクニュースの正体』(2017年、朝日新書

 ※イーライ・パリサー、『フィルターバブル-インターネットが隠していること』(2016年、早川書房

※阿久澤麻理子「インターネットと部落差別」(雑誌『部落解放』2017年9月号、解放出版社) 

 

 ★川口泰司「ネット社会と部落差別の現実」(『部落解放研究209号』、2018年11月)より