部落差別は、今 ~TUBAME-JIROのブログ~

当事者の声、マイノリティの視点、差別の現実を踏まえた情報発信をしています。

部落の地名掲載について(解放運動の基本スタンス)

鳥取ループ・示現舎は、「解放同盟や行政などは自分たちの機関誌や書籍などには地区名を書いている。なぜ、私たちが同じように部落の地区名を掲載したり、部落地名総鑑を出版・ネット公開してはいけないのか」と、主張している。

まず、前提として「部落地名総鑑」は政府も認めた差別図書だからダメ!その上で、

ポイント①
「誰が作成したか」でなく、「何の目的で、どう使うのか」が問われている
。 

 

鳥取ループ・示現舎の主張(「同和地区Wikiの趣意」より)

「同和地区Wikiの目的は、全ての同和地区の正確な情報を調査することです。上記の目的以外の、二次的な目的・思想信条・所属団体・社会的立場といったことは一切問いません。ただ「同和地区を特定する」という共通の目的を持つ人々によりこのWikiは作られます」

⇒「二次的な目的は一切問わない」とは、差別が現存する社会で、これらの情報によって差別行為が行われても、いっさい責任を持たないことの宣言でもある。

このように、彼らは同和地区の所在地情報をネット上に公開し続けておきながら、そのことで、被害をうける当事者のことはまったく考えていない。 

示現舎の代表Mは「(同和地区wikiが公開されて)結婚差別で、一人か二人ぐらい死ぬかと思ったら、そんなことなかった」(2016年6月記者会見)と平然と語った。

部落差別によって被害を受けている当事者のことを抜きにして、自分たちの主張をいらくしても、それは独りよがりの、差別扇動、人権侵害、プライバシー侵害行為にしかならない。 例え「研究」目的であっても、地名掲載には最大限の配慮が必要だということ。

部落の地名表記については、解放運動の中ではすでに30年前に基本的スタンスが示されている。以下は、ポイントの箇所を抜粋したメモ。

『差別表現と糾弾』部落解放同盟中央本部編、解放出版社、1988年)

◆差別表現で糾弾するときって?

部落解放同盟第22回全国大会(1967年)の「特別決議・マスコミに対する差別糾弾要綱」のなかで、主観的な意図がどうであろうとも、その表現によって客観的に差別を拡大することに結びついている場合に糾弾するのだ、と明確にうたっている。(p35)

 

◆歴史的史料・文献についての基本的態度

【差別を助長しないよう配慮すべきである、と答えるしかない】(p97)

地名表記は、地元と協議が基本

 1985年発刊『史料集 明治初期被差別部落』(部落解放研究所編)作成時、部落の地名や「穢多」「非人」の記述が多く出てきて、その取り扱いについては、相当慎重な配慮がなされた。

結局、当該の都府県連・支部と協議して、地名を含めてその扱いを決めていった。これが本来あるべき姿であろう。p102 

 

 近世史料の部落の地名表記

 【ただ部落問題のばあい、歴史的な史料といえども、その扱い方によっては現実にある被差別部落への差別意識、あるいは予断と偏見に容易に結びつきやすいというところに、特に注意を促さねばらない問題があるといえる】p102

 

【例えば、検地帳によって、ある時期、ある地域に『穢多』が住んでいたことがわかったとする。私たちが本当に知りたいのは、そこに住む人々がなにを思い、どんな差別と直面しながら生き、歴史にどのような役割をはたしていたか、すなわちどのように人間が暮らしたのかの実像である。ところがややもすれば、どこそこが部落だ、という『事実』だけが、興味本位にひとり歩きしてしまいかねないのである。】


差別意識を助長しないように配慮

 【だから活字にするな、本にするな、といっているのではない。ただ論文にしたり出版する時に、今日に存在する差別意識を肯定したり、根拠を与えたり、助長したりすることがないように、十分に配慮をすべきであるということを主張しているにすぎない。】p104 

 

 なにを考慮すべきか

記述の内容(歴史的事実かどうかの史料批判

社会的影響の配慮

【個々の表現に問題があるにしても、全体としては差別を否定する意欲をかきたてられるという場合もあるだろうし、逆に特別なことばを使っていなくても、結果として差別意識を助長する側面のほうが強いという場合もありうるからである】(p106)

 出版の形態

【同じ歴史的史料や文献であっても、専門店で発行部数の少ない学術雑誌や研究書・史料集等にのせる場合と、大衆向けの歴史書や小説にのせる場合とでは、おのずと影響が違ってくるのは当然であろう。どのような性格の出版物に、どのような形で扱われるかは十分に考慮されなければならない。】(p108)

 

地名の扱い

【地名の扱いは、特に慎重な配慮を必要とする。なにもかも、部落の地名は消せばいいという姿勢がときたまみられるが、これは正しくない。特に、歴史的史料や文献、研究書などの場合には、基本的には地名は出してもいいといえる。ただ地名についての考え方は、それぞれの地域の部落解放運動の状況とも深くかかわっていて、一律にこうすべきだというのはむずかしい。】(p110)

 

【全国水平社の創立以来、部落解放運動は「寝た子を起こすな」という考えを克服しながら進んできた。「胸はって、ふるさとを名のる」ことができる世の中にしようと運動してきた。

しかし、部落の町名を変えたり、一つ手前のバス停で降りてわざわざ遠い道を回って帰り、自分の住んでいる部落を隠さなければならない現実が存在し、こうした「寝た子を起こすな」という考えをもつ部落民も多いのも現状である。

それは、部落民の責任であろうか。それほどに差別が厳しいという証左である。「それは、本当の解放運動の精神ではない」と批判することはやさしい。しかし現実にはそうした状況があり、一歩ずつこうした現実を変革しょうと、私たちは部落解放運動を組織しているのである】(p110)

 

【部落解放運動の状況を無視しては、地名をどう扱うかは考えられない。やはり事前に当事者との協議によって結論を得る努力を傾けてほしいものだ。】(p111)

 

【とくに地名辞典の類の編集には、細心の注意が求められる。一見して、被差別部落とわかるような、あるいはそれと推測させるような記述があれば、それは編集者の意図とはべつに、「部落地名総鑑」のように、どこが被差別部落なのかを調べるために悪用されることがある。しかも近世から現代までの地名の変遷がわかるとなると、部落であることをかくすために変えた地名まで暴かれることさえ起こりかねない。】(p111)

 

【『角川日本地名大辞典』(角川書店刊)は、編集の段階から、辞典としての性格や意義、全体の統一性などをそこなわず、しかも差別的な利用を許さない方法について慎重な姿勢をとった。結局、被差別部落の地名は立項するが、その記述は被差別部落であることを推測させるような内容としないという原則を立て、しかも「総説」やしおりのなかで、部落問題にふれるなどの取り組みをしていった。】P112 

 

府県史・市町村史の場合

【私たちは、府県史・市町村史のなかで部落問題にふれるな、などと要求したことは一度もない】P115 

 【私たちはむしろ、部落の歴史を明らかにし、なぜ差別の歴史が存在したか、差別とどのように闘ってきたのかが明らかにされるべきであると考える。そのために、府県市・市町村史の編纂が有意義なものであってほしいと思う。】

 

【ただし、それは差別の助長や、差別意識の拡大につながらないように、十分な配慮がなされるべきであろうし、十分な解説もなく、また当事者の意向を無視して地名を出したり、差別的な内容の史料が一人歩きするようなことがあってはならないと考える。】

  

「出来うる限りの配慮」をする姿勢を大切に

【考える視点は、はたして差別を助長したり肯定したりすることがないか、本当に差別をなくすために役立つものとなっているかどうか、ということになろう。】p119 

 

【最後に、もう一点だけふれておきたい。それは、今日の社会に部落差別があるかぎり、歴史的史料や文献の扱いについてどれだけ配慮をしても、それが差別的に悪用される可能性は残るし、その可能性を全く否定することはできない、ということである。「それなら、どんな配慮をしても、無駄」かといえば、そうではないだろう。「だからこそ、できる限りの配慮をする必要がある」のである。】p120

 

【ただ、それは当面必要な配慮ではあるが、そうした配慮をすれば問題がすべて解決するわけではない。必要なのは、そうした配慮とあわせて、部落問題の根本的な解決のための取り組みである。そして、あらゆる差別がなくなった時、歴史的な史料や文献は、文字通り歴史的な史料として自由に読まれ、利用することができるようになるだろう。そうした社会が、一日も早く来るように努力したい。だが今は、そうした社会を実現するための途上なのである。】

 

「差別を助長・拡大する言論の自由はない。言論の自由とは、人権を守り、拡大するところにその役割があると考えねばならない」p298 

 

鳥取ループ・示現舎は、目的、対象、媒体(ネット等)、差別の現実、地域性や時代など考慮せず、「解放同盟だって出版しているのだから、自分たちもいいじゃないか」と、全国の部落の所在地や部落出身者の人名リストなどをネット公開している。どこに「差別的に悪用される可能性」に対する配慮があるのだろうか。だから、私たちは彼らの行為が、差別を助長・誘発する行為であり、問題であるから「やめてくれ!」と抗議をしているのである。 

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